タイ企業動向

第13回タイのビール戦争

タイの地場ビールと言えば「ビア・シン」の響きで知られる「シンハビール」。生産販売するのは老舗財閥のブンロート・ブルワリー社だ。シンハは長らく国内シェア首位を堅持してきたが、90年代後半に始まった「ビール戦争」によって市場を奪われ、直近ではわずか5%強ほどに低迷する。代わってビール市場の主役を演じてきたのが、シンハの弟分である国産中価格帯ビールの「ビア・リオ(レオ)」とライバルのタイ・ビバレッジが販売する「ビア・チャーン」だった。この二つで直近の国内シェアは85%近くにも及ぶ。外国産ビールをものとも寄せ付けない勢いでタイのビール市場を牽引している。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

 

タイのビール市場は現在、販売量ベースで年約20億リットル、価格ベースで1800億バーツほど。2000年時点で約9億リットルだったから、平均して年数%のペースで拡大している。その旗振役を務めてきたのが、ともに90年代後半に販売開始した中価格帯ビールのチャーンとリオだ。タイの地方を歩くと、シンハを置いていないという飲食店も少なくない。手にできるのはもっぱら大衆向けビールの2銘柄だ。

タイ産ビールの歴史は予想以上に古い。立憲革命の混乱覚めやらぬ1933年、タイ初の麦酒製造会社ブンロート・ブルワリーが誕生。翌年から初の国産ビール「ビア・シン(シンハビール)」の生産を開始した。事業を興したのは、プラヤーの官名を持つバンコク名家の出身プラヤー・ピロムパクディー。本名のブンロート・セタブットから社名を取った。当時は外国産ビールが国内市場に流入し始めた時期。ベンチャー事業としての船出だった。

このころの販売価格は1本32サタン(100サタン=1バーツ)。下級国家吏員の初任給とほぼ同額だった。だが、珍しさもあってシンハは爆発的な売上を記録。後にいくつかの華僑資本などがビール市場に参入したがいずれも太刀打ちできなかった(別表参照)。市場シェアは常に80~90%で推移。シンハ1強は90年代初頭まで続いた。

91年、アナン内閣によるビール製造の自由化が始まると、ウイスキー事業で名を挙げていた新興財閥のTCCグループが参入。デンマークのカールスバーグと提携しタイ工場を建設した。さらにTCCは新たなビール事業会社「ビア・タイ」(後に「タイ・ビバレッジ」に改称)を設立すると、大衆向け廉価品のビア・チャーンを販売開始。ビール市場に殴り込みをかけた。徹底的な安売り合戦は市場を瞬く間に席巻し、99年にはシェア49%を達成。ビール市場首位に躍り出たのだった。

ブンロート社も傍観しているわけにはいかなかった。チャーンから遅れること3年、同様に大衆向け新製品ビア・リオを開発、巻き返しを図った。だが、一度始まった劣勢を挽回することは容易ではなく、総力を挙げて業界トップに返り咲いたのは2000年代の半ば。2007年までチャーンに首位を奪われる結果となった。

 

タイのビール市場は、高級、中価格帯、低価格帯と3区分されるが、うち8割超を中価格帯が占める。ここに位置するのがチャーンとリオだ。ただ近年は、高級ビールとしてのハイネケンやシンハとの違いは薄まっており、小売店での販売価格も大差がない。高級、中価格帯入り乱れてのビール戦争が展開していく見通しだ(低価格ビールは市場規模が小さくタイ・ビバレッジ産のアーチャーの事実上の単独市場)。

こうした中、業界首位の返り咲きを目指すチャーンの製造元タイ・ビバレッジは、チャーン・クラシック、チャーン・ライト、チャーン・エクスポート、チャーン・ドラフトと4銘柄あった「ビア・チャーン」シリーズの統合を決め、クラシック1銘柄に絞って販売を強化する方針を打ち出している。早ければ4年以内にも50%のシェアを確保したい意向で、一段とビール戦争の熱が帯びる可能性がある。

一方、迎え撃つブンロートも同じ轍は踏まないとする。主力のリオ、シンハに加えて新たに新ブランド「Uビール」を開発。昨年末に販売を開始した。舶来品のイメージを打ち出すため、輸入品店や土産物店などに主に配置し、消費の底上げを図る戦略を掲げている。タイのビール戦争は新たな幕を開け、今年もまた繰り返されようとしている。(つづく)

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