タイ企業動向

第42回「FC誘致に舵を切るタイの飲食業」

周辺人口も合わせると1,000万人を優に超えるタイの首都バンコク。その広く貪欲な市場には、世界各国から飲食やファッションなどのブランドが数多く進出し、日に日に消費を刺激している。日本の飲食業だけでも出店数は約3,000店に迫る勢い(ジェトロ調べ)。今なお衰えは見えない。こうした中、これまでの海外からの出店意欲とは別に、タイ資本自らがお目当ての海外飲食ブランドを個別に選定・誘致し、フランチャイズ(FC)出店するという新たな動きが広がっている。その理由は。彼らが目指すものは。業界の動向をまとめた。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

今年3月、バンコク東郊の大型商業施設に客席数120席を数える1軒の日本食店が新規オープンした。居酒屋「Teppen(てっぺん)メガバンナー店」。バンコク最大規模の敷地面積を持つ同施設は巨大なフードエリアを持つことでも知られ、週末ともなると多くの家族連れやカップルのタイ人客で賑わう。その一角の好立地に同店は店を構える。

三重県桑名市や東京・渋谷などで複数店舗を展開してきた居酒屋「てっぺん」。そのバンコク・エカマイ店がオープンしたのは2013年6月のこと。その後、サトーン店を新規出店させるなど直営展開を繰り返してきたが、昨年、タイ人の若手実業家で投資家のジャクリット・サイソンボーン氏から打診を受け、初めてとなるFC展開を決めた。

ジャクリット氏はタイの輸入車販売業「SPYDER AUTO IMPORT」の代表取締役。その傍ら、自身で投資活動やレストランバー「Mellow Crystal Park」を運営するなど飲食業界の知見も豊富なことで知られる。若手経営者ら4人と共同でタイ人のための寿司店「MAGURO SUSHI」も複数出店。日本の漁場に直接仕入れに出かけるなど、持ち前のフットワークの軽さと広範なネットワークでここまで事業を拡大してきた。氏がその次の事業として白羽の矢を立てたのが居酒屋「てっぺん」のFC出店だった。

「てっぺん」は丼専門のフードーコート業態の店も2店舗展開するなど、「インスタ映え」する海鮮丼や創作料理で名が知られる。写真好きのタイ人消費者層にはソーシャルネットワーク(SNS)で常連の店となった。これに着目したのがジャクリット氏だった。FC展開するための新会社も設立し、向こう2年を目途に5店舗の出店を目指すとしている。

1962年に米カリフォルニアで創業した人気ファストフード店「Taco Bell(タコベル)」。そのタイ1号店は今年1月、バンコク・チットロムの商業施設にお目見えした。タコス、ブリトー、ナチョスなど出来たてのメキシカン料理を提供。これまで全米を中心に世界約30カ国、7,000店舗以上が展開され、日本でも2015年の渋谷・道玄坂店を皮切りに10店舗前後が出店済み。今、最も勢いのあるファストフード店の一つだ。

タコベルをタイでFC展開するのは、海運大手で知られるタイ資本の「トレセン・タイ・エージェンシーズ」。傘下の子会社「サイアム・タコ」を通じて、タコベルの米運営会社「ヤム・ブランズ」からFC権を取得した。人気ピザチェーン「ピザハット」の運営もタイで手掛けるなど、海運業でありながら飲食業にも造詣が深い。今年の総売上高に占める飲食事業の割合は15%ほどと見ている。

その同社が注目したのが、例えばタコスだけでも具材に鶏肉、豚肉、牛肉を取りそろえるなどのメニューの豊富さと、タイ人の味覚に合ったピリ辛のソース。中でも、ソースにはかなりのこだわりを持っており、本国よりも若干辛めにアレンジしているとか。「他のファストフードや、これまでのタイにはない業態が決め手となった」と運営担当者は話した。

1号店に続き、2号店が中心部の商業施設「サイアムパラゴン」にオープンしたのは4月上旬。牛肉を使った期間限定のメニューも加えるなど、メニューの豊富さは以前よりも増した。ここでも高い評価を受けているのがタイアレンジのピリ辛ソース。喉が渇くからと、45バーツ飲み放題に設定されたソフトドリンクコーナーには列ができるほどとなっている。

一方、シンガポールから人気海鮮料理店「ジャンボ・シーフード」を呼び込んだのは、タイで寿司店「SUSHIDEN(寿司でん)」を展開するなど飲食事業では定評のある「CJシーフード」。5年以内に10店舗を出店するというハードスケジュールを立てる。1号店が出店したのは、日本の高島屋も入居するチャオプラヤー川西岸にある大型複合施設「アイコンサイアム」。立地の不便さや客単価見込み1500バーツという条件にも関わらず、多くのタイ人客を集客している。

ここでも注目されたのは、タイにはまだ少ないカニをチリソースで炒めたシンガポール料理の「チリクラブ」。シンガポールのほか中国やベトナムだけでしか展開されていないという物珍しさもあって、早くも狙いは的中した格好だ。今後はバンコクのほか、地方の主要都市にも出店する計画だ。

ほんの数年前までは、日本や欧米など名だたるブランド店が出店を目指したタイの飲食市場。進出がある一方で、静かに撤退があったのも事実だ。それが今、タイ側から出店を呼びかけ、FC展開する新たな事例が増えている。タイの外食産業は明らかに変わりつつある。次の時代に踏み出したと言っていいだろう。(つづく。写真は各社の資料から)

 

FC誘致に舵を切るタイの飲食業の最近の主な動き

タイ側企業など 誘致したFCブランド 概要
NPPG(THAILAND) DEAN&DELUCA トートバッグなどパッケージ製造及び飲食チェーンを運営するタイ企業。これまでにアメリカのファストフード店「A&Wレストラン」などをFC展開してきたところ、このほど同様にアメリカの高級カフェ及び飲食チェーン「DEAN&DELUCA」のフランチャイズ(FC)権を10年契約で取得。年内にもタイ国内に最大5店舗を出店する計画。
SPYDER AUTO IMPORT Teppen 輸入車販売業である同社代表取締役で投資家のジャクリット・サイソンボーン氏が、東京と三重、タイなどで展開する居酒屋「てっぺん」のFC権を個人で取得。2020年までに5店舗を出店させる計画。事業展開するための新会社も設立した。同氏はタイで人気店の寿司店「MAGURO SUSHI」を成功させるなどの実績を持つ。
Taokaenoi Food & Marketing 日乃屋カレー 日本のカレー専門店「ノアランド」が展開する「日乃屋カレー」のFC権を、タイの海苔菓子製造販売大手の同社グループが取得。2月、バンコク中心部の複合施設「マーケット・バンコク」にタイ1号店を出店。21年までに10店舗の展開を目指す。日本では地域グランプリに輝く実績を持つなど急成長。「懐かしい深みのあるカレー」に白羽の矢が立った。
Thoresen Thai Agencies Taco Bell アメリカを拠点とするメキシコ料理ファストフード店「タコベル」のタイにおけるFC権を、タイ海運大手の同社子会社の「サイアム・タコ」が取得。1月、BTS直結の商業施設「マーキュリーヴィル@チットロム」にタイ1号店を出店した。フランチャイザーはアメリカの事業会社「ヤム・ブランズ」グループ。5年以内に40店舗の展開を目指す。
CJ Seafood Jumbo Seafood シンガポールで大人気の海鮮料理店「ジャンボ・シーフード」のタイにおけるFC権を取得したのは、バンコクで寿司店「SUSHIDEN」などを展開するタイ資本の「CJシーフード」。1号店をチャオプラヤー川沿いの大型複合施設「アイコンサイアム」に出店したところ、多くのタイ人客で賑わう。バンコクと地方の主要都市に計10店舗の出店計画。
Chevron(THAILAND) Gloria Jean’s COFFEES タイで「カルテックス(CALTEX)」ブランドの給油所を展開する米石油資本のタイ法人が、豪州のコーヒーチェーン「グロリア・ジーンズ・コーヒー」の運営権を持つ「プリモ・フード&ビバレッジ」と提携。引き合いを受け、FC展開に乗り出す。すでに東部チョンブリー権などに出店済みで、初年度の今年は20店、来年は40店以上と加速させる。
Thai Beverage 元気寿司 タイ大手財閥「TCCグループ」傘下の飲料メーカー「タイ・ビバレッジ」出資の合弁会社が、日本の寿司チェーン「元気寿司」をFC展開する事業会社をこのほど買収。寿司市場に乗り出す。合弁会社は「ゲンキズシ(タイランド)」で、寿司事業をグループの成長事業として位置付ける。取得金額は約950万バーツ。

 

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