タイ企業動向

第50回「PM2.5対策と各国・企業の動き」

北半球において1年の年の瀬を迎える年末年始は、地表の温度が上空のそれに比べて低くなり、空気の滞留を招くことが少なくない。熱帯のタイにおいても例外ではなく、こうした気温の特に下がった時期を「冬」などと呼んである種の味わいにもしている。ところが昨今は、気温の低下以上に汚染された空気が停滞し、社会問題として深刻化。人体に影響の出る事態となって世間を震撼させている。微小粒子状物質PM2.5。わずか10億分の1メートルの浮遊物質は、待ったなしの状態で我々の日常生活や企業活動に影を落とし始めている。         (在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

 

2020年元旦のバンコクの上空は、それまでの数日とは打って変わって抜けるような好晴天に恵まれた。乾季のこの時期、タイ全域が青空に見舞われることは珍しいことではなく、言ってみれば正月固有の南国の空模様。晴れ渡った青空に、思い思いの新年を重ねる姿が一般的だ。  ところが、ここ2、3年は、深刻な事態がタイの上空を覆っている。微小粒子状物質のPM2.5の出現だ。地表付近にはどんよりとしたガスが止まり、一様に視界を遮る。わずか数百メートル先のビルが霞んで見えるほどだ。ディーゼルトラックや工場から排出されたガスや発性有機化合物。建設現場や車両・航空基地から巻き上げられた粉塵。さらには野焼きによる煙害や風に飛ばされた砂、そして生活排気。こういったものが複雑に絡み合って大気の汚染を企てている。  1月1日のこの日、バンコク上空のPM2.5は直近の1カ月間では最低水準となる1平方立方メートル当たり20μg(マイクログラム)にまで低下していた。政府が安全基準として定める50μgはおろか、世界保健機関(WHO)が定める25μgをも下回り、久しぶりの爽やかな正月の空を迎えることができた。  だが、それも束の間。短い正月休みを終えた巨大都市バンコクは新年早々の稼働を始めると、大気汚染も徐々に復活。同月10日にはとうとう瞬間値として100μgを超え、14日には最大で162μgを計測するまでとなった。9月末に記録した202μgまであとわずか。高齢者や子供、心臓や肺に疾患を持つ人は屋外活動が禁じられるほどの高い数値で、空気質指数を公表している米環境保護庁の基準によれば、「Unhealthy(健康に良くない)」とされるレベルだった。

大気の汚染を受け、タイ政府は2022年までにPM2.5問題を抜本的に解決する方針を固め、高等教育・科学・研究・イノベーション省(旧科学技術省)内に監視センターを設置。全国800地点で大気データを観測し公表するほか、安全基準以上の排気ガスを排出する車両の取り締まりを強化することにした。違反者には罰金に加え当該車両の使用停止処分を課し、改善がなされなければ運行再開は認めないとこれまで以上に強い対応に出た。  また、政府は大気汚染の軽減に向けた措置として、今まで以上に環境に配慮した次世代自動車の普及を呼びかけることにしている。運輸省は、電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)などを購入した人に対してさらなる減税や登録料の軽減の検討に着手。逆に基準に満たない車両を保有する人に対しては、増税や登録料の引き上げを予定している。  企業に対しても協力を呼びかけている。建設現場には工期の変更を求めたり、古くなって粉塵をまき散らす機械の更新を勧めるなどしている。また、バンコクでは首都圏下37の公立学校に対し、空気清浄機1万台を設置する計画を都が発表。大気中のPM2.5を減らすために、新たに散水用の車両も購入することにして予算措置を始めた。

PM2.5などによる大気汚染は、経済成長著しい他の東南アジア諸国で共通した課題でもある。タイと同様に製造業が集積するベトナム。首都ハノイと最大都市ホーチミンシティーでは、経済発展とともに大気汚染が深刻化。大気の汚染具合を示す米環境保護庁策定の空気質指数(AQI)は昨年9月以降、頻繁に200を超えるなど「極めて健康に良くない」状態が続いている。世界で最も汚れた空気に、ハノイが選ばれたこともあった。  このためベトナム政府も、国民に対してはできるだけ野外活動を控えるよう自粛を求める一方、大気汚染の一因となる野焼きの中止や、企業に対しては老朽化した設備投資の更新を求めている。そのための財政措置もできる限り進めていく意向だ。  だが、タイと同様に効果はいずれも現時点では限定的と見られ、このまま改善が見られない場合は企業活動への影響も起こりうるのではとの懸念が取り沙汰されている。また、大気汚染の著しい南アジアのインドでも、野焼きの実施や伝統的なヒンドゥー教の祭りに大量の花火や爆竹が使われることから、中途半端な啓蒙活動では効果は薄いとの見方が支配的だ。

一方、こうした事例に対し、数年前まで深刻な大気汚染に見舞われていた中国では、意外なほどに事態は改善に向かっている。首都北京では昨年一年間のPM2.5の平均濃度が42μgとなり、前年比2割近くも減少した。国の第13次5カ年計画に盛り込まれたディーゼルトラック対策や建設現場などでの粉塵対策が功を奏したものらしい。  香港に近い広東省でも同様に汚染が大幅に緩和され、広州市の昨年のPM2.5の平均濃度は30μg。前年の35μgを下回った。省全域でも前年から約13%減少の27μgとなり、5年連続で国の基準値(35μg)をクリアした。  中国では数年前に大規模な大気汚染が発生したことから原因の調査に着手。結果、PM2.5発生の最大要因は石炭で、次いで自動車の内燃機関であることを突き詰めた。これを受け、個別に対策を講じたところ、今回の汚染緩和となったものと見られている。タイでも大学機関などが研究を続けている。(つづく)

20年2月1日掲載

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