タイ企業動向

第76回 「回復基調のタイ経済に水差すか。タイの政治混乱」

2022年第3四半期(7~9月)の国内総生産(GDP)成長率が前年同期比4.5%を記録し(タイ国家経済社会開発委員会調べ)、世界銀行の12月時予測でも23年の成長率が3%台後半と見込まれるタイ経済。新型コロナウイルスの収束を受け観光客も戻りつつあり、格付大手フィッチ・レーティングスの予測では財政赤字の対GDP比率も21年度の6.8%から23年度には3.8%にまで縮小する見通しだ。政府は26年度中に国民所得を31%増加させる目標を示し、開発計画を策定している。ところが、こうした経済の回復基調に水を差そうという動きが広がっている。今年5月までに実施される総選挙だ。与野党間の候補者の引き抜きや中傷合戦に加え、街頭デモも再開されようとしている。隣国ミャンマーでは政治の混乱から経済が危機的状況に陥ったままだ。企業経営にも影響が大きく、
各社は固唾を飲んで行方を見守っている。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

2020年前後から街頭デモを主導した反政府派弁護士のアーノン・ナムパー氏は今、バンコク都内で保釈生活を送っている。刑法の不敬罪(112条)などで刑事訴追されているが、コロナ禍もあって審理はなかなか進んでいない。同様に街頭デモなどが原因となって刑事責任を問われた仲間の数人はいまだ刑事施設に勾留されたままだ。早期の保釈を求めて裁判所に嘆願するなどしている。
とはいえ、本人も不自由なままだ。保釈の条件として「政治活動の禁止」を言い渡された。違反すれば、条件を破ったとして再び収監されかねない。足首には全地球測位システム(GPS)のブレスレット。飛行機の使用も禁じられている。故郷の東北部ロイエット県にも帰省していない。日々のわずかな楽しみは昨年誕生した息子をあやすことだ。SNSにはそうしたスナップ写真が数多くアップされている。
それでも、「政治活動」とはギリギリの集会への参加などはこれからも続けていく考えだ。コロナ禍ですっかり下火となったタイの反政府活動。集会やデモ行進は散発的で、以前ならSNSで数千人が集まったのが今ではすっかり閑古鳥だ。コロナ収束を受けてかつての参加者も、事業の再開や生活の建て直し、借金返済に忙しいためとアーノン氏は見ている。忍耐の時が続く。
こうした中でデモ復活の契機として見ているのが、5月にも実施される下院総選挙だ。各党の候補者擁立や選挙熱は高まっており、大衆迎合的な政権公約も次々と発表されている。選挙報道も日増しに増えるようになった。ムードが高じていけば、再び政治に目覚める人が増えると信じている。関係者によると、こうした時に速やかに行動に移せるよう水面下での連携を続けているという。
一方、政界では各党が選挙一色となっている。憲法裁判断を勝ち取り、25年4月までの任期を確保したプラユット首相は、新党のタイ団結国家建設党から出馬する。最大与党の国民国家の力党は陸軍時代のプラユット氏の上司であるプラウィット党首(副首相)を擁立することを決めた。両党とも敵対関係にはないとはするものの基本的な票田は重なり合うところが大きく、票の奪い合いになる可能性が高い。
対する野党はタイ貢献党が、総選挙での圧勝を目指してタクシン元首相の次女ペートンタン氏の擁立を内定した。各種世論調査でも人気は高く、地滑り的勝利となる見方さえある。支援団体の反独裁民主戦線(UDD)の活動も再開される見通しで、同党では党員を現在の800万人から1400万人の拡大させる意向だ。
こうした中で漁夫の利を狙っているのが与党第2党のタイ名誉(プームジャイタイ)党だ。前回選挙公約の大麻解禁を実現し、国民国家の力党などから議員の引き抜きにも成功している。間隙を縫って首班指名選挙で勝利する絵図を描く。
下院任期は3月23日に満了し、憲法の規定で選挙日は5月7日が有力だ。ただ、政党間を渡り歩く政治家の移動はなおも続く見通しであり、満了前解散を行って政党所属期間の立候補要件を90日から30日間に緩和させる方向に進むと見られている。それまで展開されるのが国民そっちのけの激しい政治的駆け引きというわけだ。政権与党の中には現憲法を改正してプラユット氏の任期を撤廃しようという動きもあり、こうした策略が表面化した時に再び街頭デモが激化する可能性は十分にある。(つづく)

2023年3月1日掲載

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