タイ企業動向

第17回伸張著しいタイのLCC

かつて航空運賃と言えば鉄道や船舶よりも高額で、高嶺の花という印象があった。劇的に変化を遂げるきっかけとなったのが、2000年ごろを境に世界各地で設立の相次いだ格安航空会社(LCC)の登場だった。タイにもマレーシア系のタイ・エアアジアを筆頭に、インドネシア系のタイ・ライオンエア、国内LCCのノック・エアラインズなど数社がひしめき合い、壮絶な顧客獲得競争を繰り広げている。そのあおりを食っているのが従来からの航空各社という構図だ。連載今回は、伸張著しいタイのLCCなど航空業界のお話――。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

 

タイの航空業界をめぐってはいくつかの〝業界用語〟的な呼び名がある。その一つが「上場4社」と「LCC4社」だ。前者はいずれもタイ証券市場に株式を上場するタイ国際航空(タイ航空)とバンコク・エアウェイズ、LCC国内首位のタイ・エアアジアの持ち株会社アジア・アビエーション、タイ航空が出資するノック・エアラインズの4社。後者は、タイ・エアアジア、ノック・エアラインズ、タイ・ライオンエア、タイ航空傘下のタイ・スマイルの4社を指す。

タイ運輸省航空局によると、昨年上半期現在、このLCC4社とチェンマイを拠点とするカン・エアーを合わせたLCC5社の国内線利用客のシェア(占有率)は初めて80%ラインをうかがうまでに急成長。一方で、ナショナルフラッグのタイ航空のそれは約9%にまで落ち込み、知名度で次ぐバンコク・エアウェイズでも11%しかなかった。タイの国内航空市場が完全にLCC依拠型へと移行している実態が浮き彫りとなった。

 

このうち、タイ・エアアジアは04年に就航。バンコクのほか、プーケット、チェンマイ、クラビ、ウタパオ(パタヤ)、ハートヤイなどをハブ空港として、昨年は国内だけで計約1700万人もの乗客を運んだ。今年は前年比15%増を目指し、年間2000万人とシェア30%超をうかがう計画だ。

第2位のノック・エアはタイ航空が04年に39%出資して設立されたが、経営や運航では独自路線を取り、一昨年までは国内で25%近いシェアを確保していた。13年にはシンガポールの長距離LCCスクートと合弁会社ノック・スクートを立ち上げ、新しい航空事業形態として話題を呼んだ。昨年は操縦士によるストライキや度重なる運航遅延から乗客を減員させたものの、それでも2割のシェアを占めている。

急伸したのがインドネシアのLCCを母体とする第3位のタイ・ライオンエアだ。13年にバンコク~チェンマイ間に就航。東北部コンケンや北部ピサヌローク、南部スラーターニーなどにも路線網を拡大し、最近では国際線市場にも進出。ヤンゴンやハノイなどを結ぶ路線を運行するほか、中国路線への拡大も狙っている。4位のタイ・スマイルも、拠点空港をスワンナプーム空港とドンムアン空港の2空港体制から前者に集約し、国際線からの乗継客の確保や共同運航の増便を目指すとする。昨年の国内シェアは約2%上昇した。

 

これに対して振るわないのがフル・キャリアと呼ばれる従来型の航空会社だ。再建中のタイ航空は昨年、5年ぶりとなる黒字転換を果たしたが、運輸当局関係者は道半ばと見る。体質改善には人件費などさらなる経費の節減が必要だとして、組織体制の見直しも求める考えだ。従業員の削減のほか電子決済の導入などを進めるとする。ただ、同社をめぐっては、航空機エンジン大手の英ロールス・ロイス社から上層部へ賄賂が渡されたとする疑惑が浮上。政府の国家汚職防止委員会を巻き込んだ事態となっており、予断を許さない情勢が続いている。

バンコク病院グループの総帥一族が事実上率いるバンコク・エアウェイズも国内シェアをわずかに伸ばしたものの、勢いはLCC各社には及ばない。そこで最近になって方針を大きく転換。コードシェア便の拡大を通じ、乗継客の確保を進める考えだ。一方、南部パンガー県では自社運営による新空港の開設を目指しており、既設の南部サムイ、北部スコータイ、東部トラートにある空港や観光地との相乗効果も狙うとする。

 

こうした市場の拡大に便乗しようと、海外からもLCC各社の参入が続々と計画・実行されている。ベトナムのLCCベトジェット・エアは昨年、タイ人投資家と合弁会社タイ・ベトジェットエアを設立。バンコクほかプーケット、チェンマイ、チェンライなどに就航させた。早ければ年内にも南部ハートヤイや東北部ウドンターニーなどの中核都市にも路線を広げる考えだ。

石油資本からの脱却を進めるアラブ首長国連邦(UAE)の中心都市ドバイを拠点とするLCCフライ・ドバイも、昨年末にドバイ~バンコク便の運航を開始した。ドバイから先は東欧、ロシア、北アフリカ、中央アジア、西アジアに向けた路線が蜘蛛の巣のように広がっており、これらの観光地へ向かう客を抱え込みたい考えだ。一方、中東から東南アジアに向けた観光客の取り込みも念頭に入れる。プーケットなどへの就航も検討している。

このようにLCC各社が積極姿勢を取る背景には、新たな旅客ターミナルの運営などが堅調な首都バンコクのドンムアン空港の存在が大きい。タイ航空公社はさらに第3期の拡張工事を予定しており、最終的に現在の収容能力年間1850万人を4000万人まで引き上げる計画でいる。拡張により発着可能回数も大きく増える。

また、タイの運航体制をめぐり国際民間航空機関(ICAO)が一昨年に示した「重大な安全上懸念(SSC)」が早ければ年内半ばにも取り下げられるとの観測が航空業界に広がっていることも挙げられる。仮にそうとなれば、タイの航空会社は新規路線の開設や既存路線の増便が可能となり、海外からの攻勢に対しても新たな対抗手段が講じられる。LCCが牽引するこのところのタイの航空市場。戦国時代さながらの様相を呈している。(つづく。写真は各社のHPから)

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