タイ企業動向

第22回 財閥の本丸タイの商業銀行その3

タイの商業銀行が堅調だ。タイ証券取引所に上場する11行の2017年上半期の貸付残高はいずれも前年同期比を上回り、総額11兆バーツを突破した。純利益も一部を除き増益となっており、上位行が下位行を牽引する構図が鮮明となっている。背景には、公共工事に支えられたタイ経済の底堅さがあり、家計債務の増加も大きくは影響しないとの見方が広がっている。タイ中央銀行(BOT)は今年の国内総生産(GDP)の成長率を上方修正の結果3.5%と予想しており、今後もポジティブに捉えている。世界銀行も高い成長を続ける東南アジア諸国の経済がタイ経済を支えるとして、少なくとも向こう3年間は成長が加速すると読む。これを受け商業銀行各行は海外進出を進めるほか、ベンチャー産業など新たな投資先の開拓にも意欲的だ。財閥の本丸タイの商業銀行は今回が完結。現在、そして今後。

(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

 

米大手各付け会社のムーディーズ・インベスターズ・サービスは7月末、タイ商業銀行の今後の見通しについてのリポートを発表。「高い水準の家計債務が一定の足かせとなるものの、今後1年から1年半程度は安定的に推移する」とコメントした。公共工事を主な要因としたGDPの増加から、銀行の貸付残高も4~5%程度で推移していくと分析。累積の家計債務は既に11兆バーツを超えGDPの8割にも達しているが、しばらくは高止まりするものの経済成長に大きく影響しないと読んでいる。

こうしたことから商業銀行各行も積極的な投資を行う姿勢を崩していない。中でも注目を集めているのが地続きのメコン川流域圏に位置するCLMV諸国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)への進出だ。このうち、タイに次いで製造業の集積が進むベトナムでは、カシコン銀行が国家資本投資経営公社(SCIC)との間でベトナム国内への投資について協力していくことなどを内容とした覚書(MOU)を今年の5月に締結。タイ企業の進出を支援する姿勢を打ち出している。

バンコク銀行も2016年に登録資本金を3倍以上に引き上げ、ベトナムでの融資を前年から20%ほど拡大した。年6%以上の高い経済成長率に加え、賃金が高騰して魅力の薄まった中国市場からの移転需要も増えているとして注視していく考えでいる。サイアム商業銀行(SCB)も20年以上に渡った現地行との合弁企業を発展的に解消し、ホーチミン市にベトナム初となる直営の支店を昨年オープンさせた。資本金も3倍近くとし、タイ企業がベトナムに進出しやすい環境を整えている。

隣国カンボジアの経済成長をにらんだ投資も盛んだ。バンコク銀行は子会社の生命保険会社バンコク・ライフ・アシュアランスを通じて、増えつつあるカンボジアの中間所得層の余剰資金を保険料という形で吸収していく方針を示している。一般の銀行金利よりも有利なレートを提示、預金慣れしていない流動資金を狙う戦略を立てている。カシコン銀行も今年になってプノンペンにカンボジア初となる支店を開設。個人向けも兼ね備えたタイ企業向けを中心とした金融サービスの提供を始めている。タイとカンボジアの二国間取引が増えれば、仲介案件もさらに増えるとみている。

リテール強化を掲げる三菱東京UFJ銀行傘下のアユタヤ銀行も、カンボジアを有力な市場とにらんでいる。同行が注目したのは発展途上国で多く見られるマイクロファイナンス(低所得者向けの小口金融)の需要だ。グループ傘下としたマイクロファイナンス大手ハッタ・カクセカーを通じて貸付先を拡大するほか、クレジットカード事業やオートローン市場にも進出する計画でいる。

アジア最後の新市場ミャンマーへの関心も高い。バンコク銀行は同国内に支店を構えるほか、子会社の損害保険会社バンコク・インシュランスのミャンマー国内での保険事業の免許を、来年中にも取得する方向で調整を進めている。現地の保険事業規制委員会が定める最低資本金は400億チャット(約31億円)で、当面は地場企業との合弁事業となる見通しだ。

カシコン銀行もミャンマー現地事務所を開設済で、早期のフルバンキングサービス実施をスタートさせたいとする。既に現地大手行カンボーザ銀行と提携。タイで働くミャンマー人のためにATMで自動送金できるサービスを実施しており、モバイルバンキングやECサイトの決済事業などにも関心を示している。また、同行はラオス事業も並行して進めており、既に現地子会社を開設済。富裕層向けのサービスを行っており、今後は対象をさらに拡大して融資額や預金額を増やしていく方針だ。

海外進出の一方で、ITを活用した先進的な金融サービス「フィンテック」などへの投資も盛んだ。バンコク銀行は世界32カ国119社の中から選んだスタートアップ企業8社をこのほど選定。資産運用や携帯電話のセキュリティーサービスを手掛ける会社などで、順次出資を行っていくことにしている。カシコン銀行も同様に投資先を確保していくほか、10億バーツ規模のファンドを設立させてベンチャー企業の育成も進めていく考えだ。

 

政府もこうした動きを側面から支援する動きを強めている。アセアン加盟国間では「アセアン銀行統合の枠組み(ABIF)」が締結されており、18年までには少なくとも1カ国との間で相互に自由な銀行事業が行える「認定アセアン銀行」を指定していかなければならない。これに従って、フィリピンやマレーシア、インドネシア、シンガポールなどとの間で交渉を急ぐことにしている。(つづく)

 

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