タイ企業動向

第31回 タイのEC市場

 お気に入りの商品をインターネットで注文し、手軽に手にすることができる電子商取引(EC)。決済のオンライン化も進み、タイでも急速に市場が拡大している。デジタル経済社会省によると、昨年のタイのEC市場規模は約2兆8200億バーツ。前年から10%も増加した。今年も同程度の成長が見込まれ、3兆バーツを超すことが確実視されている。この商機にあやかろうと、海外のEC大手がこぞって参入を進めているほか、地場財閥系も乗り遅れまいとEC戦略を加速させている。タイ政府も後押しするデジタル市場。その舞台裏を紹介する。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

 

ドリアンやロンガン(竜眼)など果物の一大産地タイ東部チャンタブリー県。ここで今、果物農家の嬉しい悲鳴がひっきりなしに聞こえている。大口の引き合いが相次ぎ、生産が追いつかない状況にあるのだ。生産農家では今年から作付面積を増やして対応にあたることにしているが、当面はこの状況が続くと見ている。

引き合いを出しているのは、中国のEC最大手「阿里巴巴集団(アリババグループ)」などの中国企業。中国で大人気のタイ産果物に目をつけ、越境ECを手がけ出した。6月には、チャンタブリー、トラート、ラヨーンの東部3県の農協5団体がアリババ側と覚書を締結。ドリアン、ロンガン、マンゴスチンなどの主要果物5種について買取契約を交わした。来年は3000トン以上のドリアンが当地から中国に向けて出荷される。農家側も品質保証をして応える。

昨年中に中国に輸入された果物は約56億米ドル。このうちタイ産が2割を占め、最大の供給地となっている。ドリアンなどタイ産の果物は品質が高く、美容や健康にも良いとして、所得の上昇した中国人消費者が買い求めるのだという。アリババでは人気のタイ産果物を越境ECの商流に乗せ、ゆくゆくは米加工品やペットフードなどにも拡大させたい意向だ。背景には超巨大中国市場がある。

アリババはタイ国内への投資も進めている。2016年にはシンガポールのEC企業だった「ラザダ・グループ」を買収。タイでのEC事業を本格化させた。消費財や衣料、娯楽品など国境を越えた商品の流通を加速させたい考えで、タイ政府が開発を進める「東部経済回廊(EEC)」地域にクロスボーダー取引向けの物流拠点「スマートデジタルハブ」を開設する計画も持つ。タイから中国など海外市場へ、海外からタイ国内市場へ。双方向ネットラークで市場の席巻を狙う。

 

トップを走るアリババを追うのがタイの財閥企業だ。ビアチャンなどを傘下に持つTCCグループは今年3月、赤字が続くECサイトのタラッド・ドットコムを約3億バーツで買収した。事業を整理したうえで、ビールなど飲料事業と16年に買収したビッグCスーパーセンターの小売事業との相乗効果を狙う。タラッドは01年に創業したタイEC業界の老舗。09年に日本の楽天が資本参加したが、伸び悩み16年に撤退していた。

TCCは一方で、アリババなどと協力して中小事業者を対象とした「O(オンライン)to O(オフライン)」事業にも乗り出す。インターネット利用で群を抜くタイの消費者だが、こと決済についてはオンライン上でのそれを好まず直接店舗で買い求める例が後を絶たない。店舗側もネット投資までは手が回らない。ならばそれらを結びつけようと考案されたのがO to Oだった。TCCでは全国8カ所に専用の取引センターを開設し新規事業を進める計画でいる。

 

EC市場の拡大を受け、物流業界も大きく動き出している。国営のタイポストは100億バーツ単位の巨費を投じて物流センターやEC向け取引センターの整備を進める。タイ全土でくまなく個別宅配が行えるのは現状では同社しかない。こうした〝先行者利益〟を最大限に活かし、今年は前年比1割増の300億バーツ超えの売上高確保を狙う。また今後、越境ECの需要が伸びていくことが予想されることから、最大2キロまでの軽量商品向け配送サービスを開始することも決めた。通常の国際小包に比べて安価で商品を発送することが可能となる。

ネット市場に参入する中小企業を支援しようと、プラットフォームの提供を行うベンチャー企業の活動も活発だ。通信大手DTACから出資を得て創業したクラウドコマースは、これまでに5000社以上の中小企業の事業を立ち上げた。良い商材やサービスを持ちながらも自前の流通手段を持たない小規模企業の後押しを続けている。

行政当局も支援を行っている。工業省はカシコン銀行と協力して中小企業や農業従事者向けのECプラットフォーム・アプリを提供する。200億バーツ強の予算措置を講じ、全国76県で展開する計画だ。商務省は11年に輸出支援サイト「タイ・トレード」を開設。これまでに中小の販売事業者約2万4000社が登録を済ませた。累積売上高は50億バーツ。今後は大手EC企業などとの連携も進めていく方針だ。業種の垣根を越えて広がりを見せるEC市場。大きな可能性を秘めている。(つづく。写真は各社のHPから)

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