タイ鉄道新時代へ
【第39回(第2部第21回)】南部本線スンガイコーロックへの旅その2
タイ国鉄で最長の1159.04kmを走破する南部本線スンガイコーロック本線。始発駅バンコクを前日の13時に発車した「快速171号」は22時間をかけて終着駅に到着した。かつてはこの先、国境の川を渡河してマレーシア領内に乗り入れていた列車も、深南部一帯の治安の悪化などから運行が取り止めとなり、今では地域住民でさえ当時を知る者は少なくなっている。こうした中、ひっそりと当時の面影を後世に引き継ごうとしているのが、現存するスンガイコーロックの駅舎だ。タイ国鉄では珍しい島状のホームに旧イミグレの施設を残した国境駅。南部本線終着駅の旅の第2回は、その駅舎を中心に取り上げる。(文・小堀晋一)
確かに変わった造りと言えるかもしれない。南部本線終着駅のスンガイコーロック駅舎。マレー鉄道に今も乗り入れる西回り線のパダン・ブサール駅では対面式のホームの1階にタイ側出入国窓口とマレーシア側の窓口があり、国境通過者は出入国手続を取った後に2階の待合室に移動。そこから別の階段で出発ホームに進む構造となっている。
その一方で東回り線の国境駅だったスンガイコーロック駅では、島状のホーム中央にタイ側の出入国窓口が置かれ、国境を渡河する乗客はいったんホームに降り、目の前の窓口で手続をし、再度列車に乗車する仕組みとなっていた。同駅で降車あるいは乗車する乗客が紛れ込まないよう、こうした乗降客向けにはイミグレ施設の東側に並んで建つ2階建て駅舎に専用の改札兼待合室を設け、駅施設外とは歩行者専用の高架橋で結び行き来をさせていた。
ところが、40年以上も前にイミグレーション機能を喪失した結果、不必要となった2階建ての改札兼待合室は廃止となり、ホーム上にある出入国の窓口も券売所に改められ今日に至っている。このため、同駅では乗客は切符を買い求める前にまずホームに直接進入し、乗車する列車を真横で眺めながら目的地までの乗車券を購入するという仕組みとなっている。「切符はどこで買うんだ?」などと、初めての旅人が辺りを見回すのも無理はない。
一方で、駅構内から施設外へ向かうための歩行者用通路の警備は今も厳重だ。ホームの石垣を降り、幅5メートルはあろうかという石畳をそのまま歩行して進むゲート脇では、自動小銃を持った陸軍兵士がテント張りの監視所で常時待機。不審と感じた乗降客の手荷物検査や身体検査を実施している。取材で訪れた記者(筆者)も身なりもあってか、当然のように荷物を改められた。「降車の目的は?」の問いに、「観光だ」と答えると、不気味なほどにサングラスの奥の目がニヤリと笑った。
駅前に立って見たが、寂れた国境街とあって流石に何もない。高層のビルなどはなく、メイン通りが駅前を横切っているだけだ。目に入ってくるのは、客引きのために寄ってくるモーターサイ(バイクタクシー)の運転手たち。「国境(ボーダー)に行きたいんだけど」と尋ねると、運ちゃんが「300バーツだ」と返してきた。「高いじゃないか。2キロもないだろ」と切り返すと、瞬く間に200バーツに下がり、最後は100バーツで「OK」となった。(それでも高いかもしれない)
雨は降ったり止んだり、未だ落ち着いていない。以前の取材で買い込んだカッパを引っ張り出すと運転手が背中のリュックを包み込んでくれた。「さあ、行こう」。小雨の中を5分ほど走ると、もう国境だ。イミグレ施設の手前で止まるのかと思うと、運転手は歩行者及び二輪用のゲートにそのまま入っていく。「ここで出国しろ」。高速道路の料金所のような場所でいったん降ろされタイ側出国となった。
運ちゃんに礼を言って代金を渡そうとするが近くにいない。見ると、その先10メートルほど行ったところで待ち構えている。「乗れ」。どこまで行くのかと思うと、今度はスンガイコーロック川に架かる国境橋を越えてマレーシア国内にある入国窓口へ。今度はバイクを横付けしたままパスポートを差し出し、何のおとがめもなく入国となった。
さらにも運ちゃんは「乗れ」と言う。どこまで行くのか。試しに「マレーシアの駅まで行ってくれ」と頼んだが、「知らない」の一言だった。仕方なく数百メートルほど行ったロータリーのようなところで下ろしてもらうことに。100バーツを差し出すと、運ちゃんは「ありがとう」とニヤリ。「いい奴じゃないか」と思った時は、もうバイクは出発していた。
かつては、タイ国鉄南部本線スンガイコーロックから先もマレーシア国内トゥンパットに向けて直通国際列車が運行していた。タイ側からは今もレールが伸びているものの、軌道が右にカーブしているためその先の鉄道橋やマレーシア側の様子をホーム上からは伺い知ることはできない。
深南部の治安悪化などを理由に1973年ごろを境に運行取り止めとなった国際鉄道。今の姿はどうあるのか。かつてあったマレーシア側イミグレ駅のランタウ・パンジャーン駅の現在の様子は。妙に確かめたくて、今度はマレーシア側からトライしてみることにした。(つづく)