泰日工業大学 ものづくりの教育現場から

第27回『奨学金とTNI生、日系企業』

タイでものづくり教育を進める泰日工業大学(TNI)の例をもとに、中核産業人材の採用・育成について検討します。今回は、「奨学金とTNI生、日系企業」というテーマで、中進国になり、高校生の6割が大学進学するタイでなぜ奨学金が重要なのか、2013年度TNIの実績を紹介しながら、概略を紹介します。そしてTNI奨学金の意味・役割を検討します。

中進国タイで奨学金を利用する学生が多い理由

タイでは多くの学生が奨学金を利用しています。その背景を考えると、中進国になったタイと言っても、高所得者と低所得者の格差は激しく、またバンコクと地方の格差もかなりあります。富裕層の資産課税などが課題と言われていますが、富裕層はますます豊かになる一方、特に人口の3分の1を占める東北部(イサーン)などでは、年間所得10万円(3万バーツ)以下の家庭がかなりあると言われています。

最低賃金上昇などで確かに所得の全体水準は上がってきているようですが、国連開発計画(UNDP)の資料でも、人口の2割の富裕層が総所得の5割以上を占める一方、人口の6割が国民所得の4分の1しか得ていないと指摘されているようです。また週刊ワイズ誌103号では、タイ総人口6,550万人のうち、年収2万B未満の所得層は510万に上ると問題点を挙げています。残念ながら過去20年以上にわたり格差は拡大したようです。

日本との環境格差

なお10月15日の朝日新聞デジタル版では、日本の大学進学で東京、京都、神奈川の大都市圏と、鹿児島、岩手、青森の格差が拡大したとあり、後者の所得が低く都市の下宿代が払えないと報道されていますが、新聞配達奨学金があるなど、タイの事情とはかなり異なる印象です。

タイでは1999年に新国家教育法が制定されて小学校から中学校まで義務教育になり、無償で勉強できますが、食事・交通費・制服代などは自己負担で、特に年間所得2-3万バーツ家庭では、奨学金を頼りにする必要があります。そして高校からは奨学金を利用する学生が多くなります。奨学金の大部分を占めるものは、政府の教育ローン的なもので、あとで返さなければなりません。

大学生の場合、国公立の場合は私立大の約半額にあたる年間3万バーツ前後の学費ですが、政府の学費・食費などの支援を受ける教育ローンを利用する学生が多くなります。コンビニなどのアルバイト時給は安い一方、そもそもタイの大学生は学期中は学業が忙しく、アルバイトをする余裕がありません。家族の所得では中間層以上が多いと思われるTNI生も、全体学生の2割以上がこの制度を利用しています。

ニーズにあった産業中核人材候補を採用できない現状

日系企業にとって課題となるのは、中核産業人材候補の確保です。今では毎年40万人と言われる大学卒業生を採用すればよいと思われますが、実際には「優秀な」学生は海外大学院等に進学する場合が多い一方、タイでは国公立を含めて大学で産業界のニーズにマッチする能力育成が十分に出来ていません。こんな事情を反映して、今年も8月時点でラジオで10数万人の大卒後の未就職者が問題になったようです。

プラユット首相は、9月26日の国家経済社会開発委員会(NESDB)年次会議基調演説の中で、「2015AEC発足にあたり焦点を絞った人材開発を重視すべきで、技能面はもとより職業倫理、道徳水準の確立した人間の育成が重要。特に大学を卒業しても53%が就職できない文系学生の現状は異常で、労働市場のニーズに適合した、真に産業界が求める適切なレベルの職業教育を充実しなればならない」と指摘しています(週刊タイ経済2014.10.20号記事を要約)。

TNI奨学金で、学生レベルを上げ、産業教育を実践

TNIでは、これらの状況を認識し、専門力、語学・コミュニケーション力に加え、規律・チームワークや管理基礎力を含めた組織力(組織に適応し、カイゼンし、革新する能力)を重視した教育をしています。このようにTNIでは、今のタイの教育制度の中で、かなり革新的な教育をしていて、それがグローバル時代の日系企業のニーズに合致したものになっています。そして残念ながら格差の多いタイ社会の中で、TNIではタイ全土から優秀な学生を集め上記の意図を持って育成するのに「TNI奨学金の意味」があります。

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