タイ鉄道新時代へ

【第70回(第3部/第30回)】 中国「一帯一路」の野望 その2

ユーラシア大陸での覇権を賭け、中国政府が進める巨大国家プロジェクト「一帯一路」。その柱として重視されるのが、国内の高速鉄道と周辺諸国とを結ぶ国際鉄道網の建設だ。北はモンゴル、ロシア、南はベトナムへとすでに国際列車が運行。標高が一段と高くなるチベットや中央アジアはおくとして、残るはラオス、ミャンマーといった東南アジアルートだ。政府は昨年一年間だけで約1,240億米ドルを鉄道建設費に投入。中国国内の高速鉄道網は2万5,000キロを優に超えた。こうした中、2021年に全通を目指すのがラオスを経てタイに至る「中老鉄路」だ。チャイナパワーの野望を取り上げる小連載は、まずはその始発である雲南省から話を始める。

 

中国最奥地の一つ南西部の雲南省。最大都市上海やベトナム国境に近い南寧とを結ぶローカル線の終着駅として、この地方の玄関口の役割を長らく果たしてきた。到着する乗客は全てこの駅で下車。車両も操車場で転回して、折り返し線として出発地に戻っていく。さらに奥地にまで高速鉄道が整備されようとは、少し前まで予想だにできなかった。

上海を起点とし、浙江省杭州、湖南省長沙、雲南省昆明の主要都市を結ぶ高速鉄道網は、それぞれの区間が滬杭(ここう)高鉄、杭長高鉄、長昆高鉄と称され、一体として滬昆(ここん)高鉄と呼ばれる。09年から政府肝いりで建設が始まり、突貫工事で次々と完成。16年末には昆明まで到達した。この時、その先に乗り入れる形で一部先行開業したのが、昆明からラオスのビエンチャンに至る中老鉄路の昆明~玉渓の区間約79キロだった。

中国政府は、滬昆高鉄と中老鉄路との相互乗入の計画や意図を公にはしていない。しかし、軌道は同じ標準軌の1,435ミリ。実際に玉渓駅のホームに停車している現行車両には、北京行快速のプレートが掲げられている。ビエンチャン発北京または上海、香港行きといった列車が将来のダイヤに載る可能性は極めて高く、ゆくゆくはバンコク発の国際列車がこの地を運行するかもしれない。18両編成の玉渓~北京間の高速鉄道車両は、現在約40時間で両都市を結んでいる。

 

ラオスと国境をともにするシーサンパンナ・タイ族自治州は、雲南省の最南端。タイ族が多く居住する地域だ。ただ、タイ族と言っても、「タイ・ルー族」と呼称される人々で、現地では区別するために「傣族」の表記が用いられている。6〜7世紀ごろ、漢族の膨張によって雲南省付近から河川沿いに南下、タイやラオスを建国したタイ族やラーオ族とルーツを等しくすると見られている。

なるほど街を歩くと、漢字と並んで丸みを帯びた独特の文字が並んでいるのを目にする。弧を描くような形状から瞬間的にビルマ語かとも思ったが、よく見るとラーオ語の方が形が近い。タイ文字のコーカイ(アルファベット)に似た文字も見つかった。ここがタイ族の故郷である理由がよく理解できた。

自治州の最大都市景洪の中心部を流れる瀾滄江(らんそうこう)はメコン川の上流の呼び名で、3,000キロも下流のベトナムで南シナ海に注いでいる。この辺りの水質は一転して川海苔が育つほどの上質で、水量も豊か。毎年4月の旧正月には、川からの恵みと一族の安寧を願って「取水式」が行われるほか、タイの「水掛祭り」に似た伝統行事も実施されている。タイのスーパーなどでよく見かける大型の水鉄砲も雑貨店で売られていた。

タイ北部やラオスにも似た熱帯のこの地域は、食の点でも多くの共通点を見ることができる。タイのクイティアオに相当する汁麺の店舗も見られたし、南国特有のマンゴーなどの果物やコーヒーも店先に並んでいた。何よりも混血が進んだとはいえ、タイ族やラーオ族と顔の表情を等しくする住民が少なくなかった。明らかにここはタイ族の居住地域だった。

ここでも昆明とビエンチャンを結ぶ高速鉄道の突貫工事が続いている。景洪からラオス国境の街、磨憨(モーハン)までは約180キロ。遥かに連なる山岳地帯の奥地では、先に開通し国境に向かう昆磨高速道路と平行する形で山肌を繰り抜く作業が続いている。建設費を少しでも安く上げるためか、走行ルートは違和感を抱くほど直線が目立った。高速鉄道の停車駅「景洪駅」は、シーサンパンナ・ガサ空港近くに建設される計画だ。

着々と進む中国国内の工事は、予定を前倒しして21年の早い時期には完成するものと見られている。街で住民に感想を尋ねると、「乗ってみたい」と答える人が少なくない一方で、ビエンチャンから先の接続計画を知る人はほとんどいなかった。中老鉄路はあくまでラオスとの国際鉄道という理解だった。情報が伝わっていない印象だ。こんなところにも中国政府の飽くなき野心を汲むことができた。(つづく)

 

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