タイ企業動向

第47回 「景気回復の切り札なるか?タイ国内旅行振興策」

米中貿易戦争や民主化を求める香港でのデモ激化、さらにはヨーロッパ連合(EU)からの英離脱問題、そしてバーツ高――。折からの外的要因を背景にタイ経済は内需が縮小、輸出も伸び悩む事態となって足踏みを続けている。つい2年ほどまで年5%超えの勢いがあった国内総生産(GDP)成長率がかすんで見える。直近の成長率予測では3%を割り込み、タイ商工会議所(TCC)が試算した下限値は2.7%。輸出成長率予測も、とうとうマイナス2%から最大でも0%と完全な景気後退局面を示すに至った。こうした中、政府が打ち出したのが、国内旅行振興中心とした景気刺激策だ。 (在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

 

急速な景気後退を尻目に、今年8月中旬に閣議決定されたのが総額3160億バーツ(約1兆1000億円)に上る政府の景気対策だ。国内の消費・投資に対する刺激策を中心に、低所得者や障碍者などに対する国民生活支援、干ばつが予想される地域への農家支援の3本の矢を柱とする。不確実要素の多い国際間取り引きに頼らずに、内需で経済を底上げしていこうという政府の基本戦略を読み取ることができる。  中でも、経済担当のソムキット副首相を筆頭に政府が強く期待を寄せているのが、一覧表にもある「国内旅行振興策」だ。旅行給付金の支給と旅費の15%払い戻しの2点がその中核。これに追加振興策としての、「100バーツ国内旅行」、さらには「平日激安旅行」の2大イベントが側面から支える構図となっている。少し詳しく見ていこう。  旅行給付金は18歳以上のタイ国民であれば誰もが申請可能。タイ国政府観光庁(TAT)への事前登録が必要で、国営クルンタイ銀行のサイトから専用アプリケーションをダウンロードする。電子マネーとして支給され、支給後2週間以内最長でも11月末までに居住地外の他県を訪れ、登録店舗で1000バーツ分の買い物ができるという仕組みだ。政府は登録店舗を10万店と設定し、小規模企業も含めた参加を呼びかけ。既に8万店以上が登録を済ませている。  一方、旅費の15%払い戻しは、旅行後、申請によって一人あたり最大で3万バーツを上限に返金する制度で、旅行地などの限定は設けない。給付金、払い戻しともに1000万人の枠を設定して先着順で受け付けたところ、開始から半日余りの間に100万人が登録。10日目には900万人を突破したことから、年末までにさらなる第2弾の実施を内定している。  追加振興策の「100バーツ国内旅行」は、TATがホテル、航空会社、スパ、博物館、レストランなどと共同して行う特別企画。11月から12月末までを期間に、一人100バーツで国内旅行ができるツアーを4パターン、計4万パッケージ用意する。旅先での飲食や買い物など若者を中心に消費を喚起するのが狙いだ。  「平日激安旅行」は12月末までの月曜日から木曜日に限定した価格破壊プログラムで、豪華ホテル宿泊やヨットセーリング、宝石店での買い物など普段は高額で親しむことのできないレジャーや商品を対象とした。最大で定価の70%オフを看板としており、こちらも若年者を核に新たな需要が見込めるとする。ともに、TATの無料通信アプリLINE(ライン)の公式アカウントを通じて申し込む。総事業費は合わせて1億1600万バーツを見込んでいる。  こうした相次ぐ景気刺激策で、政府は下落傾向の続くGDP成長率にも歯止めがかかると説明する。刺激策をまとめたウッタマ財務相は、一連の景気対策はGDPを0.55ポイント押し上げる効果があるとして、「今年の成長率は3~3.5%に達する」と断言。TCCなどの経済団体も今次の景気対策によって成長率は0.1~0.2%は回復するとはじく。民間のカシコン銀行系シンクタンクも「100バーツ国内旅行」と「平日激安旅行」だけでもGDPは0.02%上昇すると試算している。  だが、海外の格付け会社や独立系研究機関などの間では、効果は限定的などとして政府の説明を疑問視する見方も少なくない。各付け大手のフィッチは、今回の景気刺激策は財政に悪影響を与えるほどではないとしながらも、タイ経済が抱える高付加価値産業転換への課題や大型インフラ建設の見通しが未だ不透明なことなどから、「不確定要素を払拭するまでとは言えない」として消極的な見方を示す。他の各付け会社も、米中貿易戦争による余波を受けてタイに生産拠点を移転する企業の動向が追い風になるとはしながらも、多かれ少なかれ効果は薄いと渋い表情だ。  独立系のタイ国家開発研究研究所(NIDA)も同様の立場を取る。一律の現金給付では効果は薄く限定的というのがその主張。NIDAではむしろ、現行で1.50%に据え置かれた政策金利の利下げのほうが効果的との見方を説く。タイ中央銀行は9月下旬の金融政策委員会で前回に続く0.25%の金利引き下げを見送っている。こうした中で内需は拡大しないというのがNIDAの見解だ。  国内消費の一翼を担ってきた外国人旅行者も、世界的な景気の低迷から今後は足踏みが続くとみられている。政府は頼みの綱の中国人とインド人に照準を合わせて、到着ビザ(査証)の無料化措置を延長することを決めた。だが、タイ観光協議会(TCT)は今年の外国人旅行者の見通しを、当初の約4000万人から30万人強減少する3970万人余りに下方修正した。結果、国内に落ちる観光収入も1800億バーツほど減少すると見ている。  急速に拡大したタイ経済の減速。国内消費の拡大に賭ける政府の次の一手に関心が集まっている。(つづく)

 

2019年11月1日掲載

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