タイ企業動向

第70回 「企業活動を直撃する 物価上昇・原材料不足」

タイの各種生産現場や流通市場で、物価の上昇や原材料の不足などから来る混乱が続いている。きっかけとなったのは、世界的なパンデミックスを引き起こした新型コロナウイルスの感染拡大と折から続いている原油価格の急騰だ。影響は自動車や半導体といったハードの産業部門にとどまらず、市民生活に不可欠な食品市場などにも広がっている。油、豚肉、鶏卵、野菜、そして電気代。中華系の旧正月である春節の消費も、過去10年間で最低を記録した模様だ。原油の国際的な思惑買いや政府の場当たり的な対応もあって、混乱は少なくとも年内一杯は続くことは必至だ。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

タイ南部プラチュワップキーリーカン県で日本食料理店「富士山」を営む橋本修一さんは、店で使用する食用油を近所のスーパーに買い求めに来て、自分の目を疑った。昨年の中ごろまでは業務用缶13.75リットルは1缶せいぜい600バーツだったのが、半月前に750バーツに跳ね上がり、この日は915バーツの値札が付いていたのだ。ネットの通販サイトを見ると、1缶1000バーツを提示する店も。単純計算で70%アップのかつてない値上げだ。

食肉市場でも混乱は続く。タイ全土に広がる屋台。その店先でたれを付けて焼く豚の串焼きムーピンをもち米のカウニアウと一緒に食した経験のある人は少なくないだろう。そのムーピンが年末ごろから一斉に価格改定が行われた。1串10バーツと買い求めやすかった値段は、店によって12~13バーツとなり、釣り銭が必要に。値上げを見送る店は、代わりに1串当たりの豚肉の量を減らした。「肉が薄くなったねえ」。そんな会話があちこちの屋台で交わされている。

豚肉をめぐっては、政府の対応ミスが大きかった。一昨年以降、周辺国のカンボジアやベトナム、マレーシアなどでじわじわと広がっていたアフリカ豚熱がタイ市場にも感染拡大したのだ。国内の養豚施設では少なくとも11月ごろから発熱をしたり、出血性の病死をする豚が相次ぐようになった。このため生産農家では感染したと見られる豚を自主処分。獣医学の研究機関が検体を調べたところ、ウイルスに感染していたことが分かった。

ところが、報告を受けた農業・協同組合畜産局の担当者がこれを放置。感染が一気に拡大したと見られている。タイ国内にいた種豚は約120万頭。このうちの70万頭前後が処分された模様だ。政府は1月半ばになって感染の事実を公式に認め意図的ではないと釈明したが、供給減から豚肉はすでに高騰を始めていた。急きょ輸出を禁止したものの混乱を止める効果はなく、市場は最大で2倍を超える値上げに見舞われた。

価格の優等生とされる鶏卵も大幅な引き上げとなった。1個2.8バーツだったそれは10%もアップ、鶏肉も上昇した。政府は安価で国民のタンパク源となっている鶏肉の高騰に危機感を抱き、急きょ価格統制リスト入りを決定。今後は飼料も含み、価格を改定する際は事前許可を必要とした。反政府デモなど政府への不満はこうした末端の食料品や電気代の値上げから火が付きやすい。時限的に電気代の上限を定める求める意見も根強い。

こうした物価の上昇や原材料の高騰を背景に、タイで最大商戦の一つとされる春節(中華系の旧正月、今年は2月1日)の消費は、2012年以降で最低を記録した模様だ。タイ商工会議所大学が実施した消費動向調査では、その総額は3年連続のマイナスとなる396億バーツ。コロナ禍に加え物価上昇などから10年ぶりに400億バーツを下回った。国内総生産(GDP)を0.05ポイント押し下げたとの見方もある。

物価上昇などの混乱はコロナ禍もさることながら、昨年始めから顕著となった国際原油価格の高騰が色濃く反映されている。20年初め1バレル=20ドルほどに過ぎなかったニューヨーク市場の原油価格は、21年1月には50ドルを記録。その後もじわじわと上昇を続け、今年2月にはとうとう90ドル超えに。投資銀行などでは年内の100ドル突破は確実との見方が広がっている。

影響は食料品ほかさまざまな業界に波及している。東洋一の集積地として知られる自動車業界では主に半導体部品の調達が計画どおり進まず、昨年は工場の操業停止も経験した。その半導体市場は原材料の供給減から年内一杯の品薄状態が続くことは確実で、今後に不安を残す。コロナ禍直後に表面化したコンテナ不足も解消されたとは言い難く、2022年のタイ経済は、近年ないほどの物価上昇・原材料不足に見舞われながら展開されることになる。(つづく)

22年3月7日掲載

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