タイ鉄道新時代へ

【第47回(第3部第7回)】インドシナ縦貫鉄道構想その7

見渡すばかりのオーシャンブルー。頭上には澄み渡るような青空。ベトナム・ダナンは19世紀半ばに開発の始まった新しい街。ベトナム戦争期には米海兵隊が上陸、大規模な軍事基地が造られたことでさらに都市化・リゾート化が進んだ。南北統一後は、ハノイとホーチミンとを結ぶ一大中継地点となり中央直轄都市に。統一鉄道の乗客も多くがダナン駅を利用するようになった。タイの首都バンコクからカンボジアを経てベトナムに至るインドシナ縦貫鉄道構想の旅シリーズは今回が7回目。中部の街ダナンから列車はいよいよハノイへと向かう。(文と写真・小堀晋一)

ベトナム風サンドウィッチ「バインミー」を売るその店は、ダナン駅から南に1.5キロほど下った小さなバス通り沿いにあった。14種類の具材に焼きたての卵焼きを挟み込み、炭火で少し焼けばできあがり。値段は一つ80円ほど。隣接する店のサイゴン・コーヒーと合わせれば、ちょっとしたお洒落なカフェ気分を楽しむことができる。店名は「NAHN MY TIHT QUAY」。最もお気に入りの店の一つである。

こんなバインミーの店がダナンにはあちこちにある。現地では庶民のファストフードとして。旅行客には観光の一スポットとして。植民地時代のフランスが持ち込み、手軽さから全域に広まった。伝播した範囲はベトナムだけにとどまらない。フランスが触手を伸ばしたラオス、カンボジアにも同様のパン文化が残る。

米麺料理「ブンチャーカー」も見逃せないダナンの名物料理の一つ。Bún=米麺、Chả=揚げ、Cá=魚が語源で、その特徴は牛骨、豚骨、魚骨をベースにトマトやカボチャなどのたっぷり野菜類が加えられた独特の深みのあるスープ。十分な旨味にコクがありながらも、ほのかに甘酸っぱい。そこへ魚のすり身揚げがふんだんに盛り付けられている。

厚切りのサバをトッピングした汁麺ブンカートゥー(Bún Cá Thu)も大人気。臭みもなく女性や子供でも難なく平らげることができる。これら一番人気の店が、料理名が店名にもなっている「BUN CHA CA BA PHIEN」だ。中心部を流れるハン川の東、Lê Hồng Phong(レホンポン)通りにある。

美食の街ダナン駅を翌夜に出発したSE08便は一路ハノイを目指していた。まだ700キロ以上もある16時間半の長旅だ。途中、ドンハ、ドンホイといった主要駅に停車。大きな荷物を背負った乗客が乗降を繰り返していた。ドンハは南北分断当時の南ベトナム最北端。北緯16度の軍事境界線があった場所だ。ドンホイは世界遺産にも登録されているフォンニャ=ケバン国立公園の最寄り駅。近年、ビーチリゾート開発で賑わっている。

列車はさらに進み、夜明けとともに首都圏へと近づいていく。住宅や商店なども次第にはっきりと目につくようになった。夜のうちに雨が降ったのか。路面や木々はしっとりと濡れていた。途中駅では、駅係員が貨車から荷を下ろす姿が頻繁に見られるようになった。車窓を眺めているうち、時刻は間もなく正午を迎えようとしていた。

定刻より約12分遅れで、ハノイ駅の5番線ホームに列車が入線したのは午後3時45分すぎのことだった。荷物を持った乗客が一斉にホームに降りる。構内では乗り換えや終着の案内のアナウンス。旅情たっぷりの駅構内で図らずも無心で写真を撮り続けていたのは記者(筆者)一人だった。「いつまで撮っているんだ」と鉄道公安の係官に詰め寄られた。

ハノイ駅は、サイゴンまでの1726キロを基幹線に、ラオカイ線(約296キロ)、ドンダン線(約162キロ)、ハイフォン線(約102キロ)、クワンチュウ線(約75キロ)の4本の支線を持つターミナル駅。フランス統治時代の1902年に開業した。3面5線の地上駅で、ルネッサンス様式で知られていた。現駅舎はベトナム戦争時に爆撃を受け、1976年に再建されたものだ。

その駅舎では近年、増改築が実施され、中央部の2階部分は全面改装されて今年から待合室として本格運用されるようになった。ただ、券売所や売店は依然1階に置かれるなどあまり利用勝手が良くないことから、昼間でも人気は少ない。どこか寂れた地方都市の待合室を彷彿とさせている。

ベトナムの鉄道は、ハノイとサイゴンを結ぶ南北線(統一鉄道)が最も古い路線であるとよく勘違いをされるが、それは正確ではない。南部コーシチナを占領した仏印が建設したサイゴンから南西部の街ミトを結ぶ区間(1885年開通、現在は廃線)と、ハノイと中国国境に近いランソンとを結ぶ区間(94年開通)の二つの路線が、ベトナム黎明期の鉄道ということができる。南北線が全通するのは1936年、それから40年近くも先のことだ。

このうち、ランソンに通じる路線はその後、国境の街ドンダンまで延伸され、ドンダン線として支線を形成するようになった。ここには現在、中国南寧から夜行の国際列車が日々往復している。インドシナ進出を狙う中国のいわば玄関口が、このドンダン線なのである。連載の次回は、中国が画策する「一帯一路」の南進策とその課題などを検証する。(つづく)

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