タイ企業動向

第9回 伝承始まった日本製機械工具とその技術

製造業が集積する東南アジアの中心地タイ。自動車業界を中心に幾重にも部品メーカーや関連企業が連なり、巨大なサプライチェーンを形成している。ここ数年は、前政権によるファーストカー減税策の余波で業界全体が足踏み状態を続けているが、そう遠くない将来は回復に向かうとの見方が支配的だ。こうした中、製造業の現場で見られる新たな動きが堅調という。省エネ、自動化、生産ラインの見直しといったコスト削減への取り組みだ。その中の一つに、最前線で活躍する機械工具への関心もある。高品質・高寿命を生んだ日本の工具技術がタイに渡り、現地の技術者へ伝承されようとしているのだ。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

 

「もう少し刃先をよく見て。ほら、そこだ。傷つけないように気をつけて」。この道30年、工具研磨職人の服部俊博さんの声が研磨ルームに響き渡る。指導を受けているのは、ついこの間まで大学の工学部で学業に励んでいたというタイ人青年。磨いているのは刃先が0.25mmという、通常では肉眼では判別不能なまでの極小径工具。傍らに映し出されたモニター画面の映像を見ながら、新品同様の切れ味にまで研磨していくというのだから、素人にはもう、ただ感嘆のため息しか出ない。

名古屋市に本社を置く設備・切削工具・FA事業などを手掛ける羽根田商会のタイ法人。タイでは、再研磨のほか、設備事業や商社機能も持ってスウェーデン・サンドビック社製超硬工具なども取り扱っている。

同社が工作機械などに装着する機械工具の再研磨サービスをタイで始めたのは約4年前。進出企業間の競争が激しくなる中、現地の労働賃金の上昇もあって、より一層のコスト削減要請が高まると判断したからだった。

狙いは照準どおりだった。極小の金属部品などを切削するための超極小径工具は再研磨が難しく、企業によっては事実上の使い捨てとせざるをえないところも少なくなかった。使い捨てならば高品質の良品は採用できない。それは結局、安かろう悪かろうの2級品を使用する羽目となり、製品の質そのものが落ちる。いわば悪循環だった。

その連鎖を断ち切ろうと考え、始めたのが同社の再研磨サービスだった、同じ超極小径工具でも品質や磨き方によっては5~6回もの再研磨が可能。しかも、研磨後の切れ味は新品と遜色ないというから、使う側としては願ったりかなったり。発生するコストを抑えながら、高品質の工具使用を維持することが可能となり、受注にも幅が広がっているのが現状だという。

HANEDAに出向中の服部さんは、同社の日本での取引先BTT(名古屋市)所属の大ベテラン。刃先を目視しただけで最適な工具が使用されているかどうかが分かるといい、最良な状態であるかどうかも瞬時に判別が可能という。「タイの若い技術者に持てる技術を伝えてほしい」。そう懇願され、海を渡る決断をした。現在は付きっきりで後進への技術指導にあたるほか、慣れない営業も展開し、再研磨の重要性を市場に訴えている。

 

引き抜き、粉末形成、鍛造の各種工具生産を手掛けるフジロイ(タイランド)。親会社は東京にある超硬工具メーカーの富士ダイスだ。半世紀以上もの実績を持つ老舗メーカー。超硬工具のラインナップは40種以上にも上り、このうち引き抜き工具の業界シェアは80%と、その高い精度と信頼は他社の追随を許さないでいる。

タイには2003年に進出。12年にはチョンブリ県のアマタナコーン工業団地に移転し、新工場を稼動させている。当地での最大の特徴が徹底したオーダーメード方式だ。数ミクロンほどのわずかな差でも顧客ごとのニーズを一つ一つ反映させていく。「フジロイの仕事は手数が多くて難しい」。いつしか、入社してくるエンジニアの大半が口にするようになっていた。

そうある一方で、所属する技術者の半数以上は勤続5年以上のベテランばかり。高い定着率には定評がある。先輩技術者が新人を育て上げるという社風が、技術の伝承と固い布陣を確実なものとしている。「5ミクロンまでの精度であれば、当社のタイ人技術者で十分対応可能です」とは日本人担当者。笑顔で押す太鼓判に自信がみなぎっている。

 

三菱マテリアル社製切削工具の販売を一手に引き受けているのがMMCハードメタルだ。2010年に現地法人を設立。15年1月には東部アマタナコン工業団地内にテクニカルセンター「MTEC」を開設。自社、代理店、販売先企業の技術者養成などを行っている。

約60人収容可能の新型施設。最新鋭の設備を導入し、次世代を担うエンジニアたちが接することを可能とした。技術講習は実技、座学の両面からサポート。日本製工具の操作・メンテナンス方法から、テクニックの継承にも一役買っている。

工作機械等の先端に取り付けられるわずかな部品、機械工具。さまざまな製品を生み出す製造業の要に位置し、それを支えてきたのが日本の企業が育んできた高い技術力だった。縮小の続く日本市場。日本発祥のこうした技術力が今、タイに渡って新たな成長を続けようとしている。(写真は各社のHPから。つづく)

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