タイ企業動向

第15回 日本食レストラン誘致の最近の動向その1

  牛丼チェーンに有名ラーメン店、さらには豚カツ店、カレー専門店まで。「ここは日本か?」と見間違うほどの光景が広がっているのが、バンコクに数多ある商業施設の飲食店フロアだ。日本で名の知れた著名店ばかり。出店ラッシュは一時の勢いとまでは行かないものの、今なお多くの日本生まれの食のブランドがタイ進出を虎視眈々と狙っている。ところが、最近ここに来て少し変わった現象が起こり始めている。これまでは、どちらかと言えば日本側とタイの有力財閥が手を組む構図が主だったところ、意欲的で野心を持つタイの若き起業家たちが日本側を説得し、あるいは独自ブランドを立ち上げ、日本食に挑むというケースが目立つようになったのだ。今回から上下二回に渡って、その具体的な現場を紹介する。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

 

各国の大使館などが建ち並ぶバンコク・プルンチット。2014年5月の軍事クーデター最中、オープンした大型ショッピングモール「セントラル・エンバシー」の5階に、高級しゃぶしゃぶすき焼き店「鍋ぞう PREMIUM」はある。訪ねたのは今年2月上旬の平日の昼下がり。ランチタイムはとうに過ぎたというのに、多くのタイ人や日本人の客で賑わっていた。

食べ放題のしゃぶしゃぶ・すき焼きチェーン「モーモーパラダイス」(モーパラ)をタイでフランチャイズ(FC)展開するノブルレストラン・グループ(Noble Restaurant Co., Ltd.)が新たに手掛けたのが「鍋ぞう」だ。モーパラの客単価が700~800バーツほどなのに対し、鍋ぞうのそれは1200バーツ以上。前者が豪州産牛肉を使用する一方、後者は日本の近江牛など高級肉を提供する。値が張るのも無理はない。にもかかわらず客はひっきりなし。ディナータイムに予約なく入店することはほぼ不可能なのが現状だ。

この店で、グループをManaging Directorとして指揮するのが若き実業家Surawech Telanさん(41歳、エーさん)。留学先の米国で日本生まれのしゃぶしゃぶを知り、虜となった。タイに帰国後、起業を決意。提携先を探した。その際、実業家の父のコネクションを通じて紹介されたのが、モーパラと鍋ぞうを日本で展開していたワンダーテーブル(東京・新宿)だった。

早速、日本を訪ね、食してみた。高級牛と遜色ない味覚に舌触り。舌鼓を打たずにはいられなかった。しかも、肉牛生産大国豪州産とあって価格もリーズナブル。「これだ!」と直感したエーさんは、ワンダーテーブル側を説き伏せ、FCの権利をつかみ取った。コンペティションには規模を遙かに凌ぐ大企業、財閥も参加をしたというが、他社を引き離してノブルレストラン・グループが選ばれた。「こちらの熱意が伝わった証だと思います」とエーさんは振り返る。

最終契約から3カ月も経ずしての出店となった。バンコク中心部のセントラル・ワールド内。モーパラ1号店がオープンしたのは2007年12月のこと。以降、毎年のように着実に店舗を増やし、現在はモーパラ11店、鍋ぞう1店を構える。今後も年に2店舗程度のペースで出店を継続する方針で、「3~4年後の20店舗体制が当面の目標」とエーさんは話す。

 

ベンチャーに位置付けされる同社グループの総売上高はまだ年4億バーツ(約13億円)にも満たない。にも関わらず、その勢いは大手財閥が進める日本食事業にも匹敵する。「タイ人向けのローカライズが徹底されたためか?」と質問すると、「それは違う」と若き経営者は即座に答えた。そこに隠された成功への大きな〝秘訣〟があった。

日本で誕生し育まれたしゃぶしゃぶ文化。クリアなスープに鮮度の高い肉をくぐらせ、食感が変わらないうちにポン酢かごまダレで食すのが一般的だ。この大原則を寸分違わずにタイに持ち込んだのがノブルレストラン・グループだった。

「しゃぶしゃぶ文化のなかったタイでは、所得の多寡にかかわらず、しゃぶしゃぶをどう食べるのか誰も知らなかった。チムチュム(イサンの鍋料理)のように具材を一斉に鍋に投げ込んで煮るのかと聞かれるお客様もいました」とエーさん。その度に、客席に足を運び説明を繰り返した。「このように食べるのです。これが最も美味しい食べ方なのです」

初めのうちは、しゃぶしゃぶに「生卵をくれ」という客もいたとか。「(すき焼きのように)スープに味をつけてくれ」と求める客も。だが、「絶対に折れなかった。丁寧に説明を重ねた。ここで(客の求めに応じて)ローカライズしたら、この事業は絶対に成功しない」と考えたという。

日本食事業がタイに持ち込まれる時、「ローカライズ」を決め手のように口にする風潮が一部にある。確かに、甘さ、酸っぱさ、風味などで天と地とも異なる日本とタイの食事情。タイ人客向けオリジナルメニューの開発、メニューへの追加の〝誘惑〟も分からなくはない。だが、エーさんは見事なまでにそれから距離を置いた。「そうした徹底した取り組みがお客様の認知と評価を得た」と本人も振り返る。

エーさんによると、タイのしゃぶしゃぶ外食市場は現在43億バーツ。このうち、同社が占めるシェアは9%ほど。破竹の勢いで支持を広げているが、まだまだ市場には余裕はあると見る。「プレミアムしゃぶしゃぶの鍋ぞうももっと広げていきたい。もっとサービスを向上させていきたい」。青年実業家はどこまでも明るく貪欲だ。(つづく)

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