タイ企業動向

第29回 活況続くタイの化粧品市場

 タイの若年層(20歳代~30歳代)を中心に今、空前の化粧品ブームが起きていることをご存じだろうか。純粋な化粧品市場だけでもその規模は200億バーツ(約700億円)。年間の成長率は7%~10%とされ、関連する周辺市場も合わせると2,000億バーツを超えると見られる巨大市場。この好機に国内はもとより、海外化粧品ブランドも参入しての激しい争奪戦が繰り広げられている。ホットで、何かと話題の多いタイの化粧品市場が今回のテーマ。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

 

昨年10月末日のことだった。バンコク東郊のイベント施設「BITEC」。延べ3日間にわたって開かれたアジア太平洋地域最大の化粧品原料展示会「インコスメティックス・アジア2017」には、タイを含む世界各国から416の名だたるサプライヤーらが出展。69カ国から3,292人のバイヤーやファッション関係者、対前年比18%増の総勢10,302人の来場者で賑わった。一般消費者を対象としないこの種のイベントとしては極めて珍しい、初の1万人越えを記録した。

この中に、別表「タイの化粧品市場をめぐる最近の主な動き」で掲げた化粧品メーカーや販売各社の顔ぶれもあった。自動車をはじめとした製造業の復調で今後に期待の持てるタイ経済だが、それでも劇的な回復ぶりは見込めない緩やかな上昇基調というのが大方の見方。だが、化粧品市場に限ってはこれを大幅に上回るJカーブに近い伸び率で市場が拡大している。

背景にあるのが、所得の上昇に加え、“おしゃれ”に関心を持つようになった若年層の拡大だ。テレビやインターネットを通じて見るアイドルの存在も大きいとされる。日本のアイドルグループ「AKB48」を模したグループもタイで誕生し、イベントなどで引っ張りだことなっている。生活に余裕が生まれるようになった最近のタイ人消費者がまず向かったのが、住宅や車でもない、ファッションや化粧といった身近な選択肢だった。

 

バンコク中心部の商業施設。ここに、ピンク色と黒色のコントラストがまぶしい化粧品ブランド「イブ・アンド・ボーイ」の店舗がある。商品アイテムは圧巻の10万点超。毎年100以上の新ブランドを投入し、「欲しいものが必ずある」というのがSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)上におけるタイ人女性の共通認識になっている。今後は年間5店舗のペースで出店を続け、2019年初めには20店舗の大台に乗せる計画だ。

ところが、このブランド店が今から12年前の2006年、バンコクから遠く北東に500キロ、イサーン地方の小県マハーサーラカーム県で誕生したローカルブランドだったことを知る人は少ない。同じイサーン地方のコーンケン県での2号店出店を経て、満を持しての首都圏進出となった。豊富なラインナップ、価格帯は79バーツからという徹底した手頃感とデザイン性から、10歳代後半から30歳代半ばの女性から圧倒的な支持を得るに至っている。

イブ・アンド・ボーイをめぐってもう一つ特筆できるのが、店舗が広く、かける費用が桁違いに巨額だという点だ。店舗の売り場面積はほとんどが800㎡以上と、同じクラスの化粧品店としては群を抜く。また投下する内装工事費などの資金も5,000万バーツ程度は当たり前。1億バーツを投じた店舗もあるという。こうした一見豪華、おしゃれな化粧品店で、1品あたり100バーツもしない小物から購入できる仕組みとしたことで若いタイ人女性が列をなすようになった。今、バンコクで最もホットな販売店の一つとされている。

 

もう一つ紹介しておきたいのが、現在は香港のアパレル大手「エスプリ・ホールディングス」傘下オーストラリアの化粧品ブランド「レッドアース」のタイ再参入の事例だ。同ブランドは1991年にメルボルンで誕生。タイへは90年代末に進出した。この時、タイ側にあって販売代理店契約を結んだのがホテル・外食チェーンのマイナー・グループだった。ところが、3年前に代理店契約が終了。これによりタイからは半ば撤退に似た状態となっていた。

タイ再参入は、爆発的に拡大しているタイの化粧品市場を見ての決断だった。新たに化粧品販売会社ピンクペオと代理店契約を締結。バンコク中心部の商業施設サイアム・パラゴンに新生1号店を出店した。多くの買い物客が集まるセントラル・モールやザ・モールなどの商業施設にも順次拡大していく計画で、22年までに17店舗を構える予定でいる。

再参入にあたりピンクペオが取った戦略が、従前の高級一辺倒路線を改め、若年層狙いの低価格化にシフトするという方法だった。ターゲットは学生や若いOLたち。コンセプトやロゴ、パッケージも一新し、価格も従来比10~25%も引き下げた。それでいて5年後の売上高を2億バーツを見積もる。おしゃれで豊富な品数で若い女性のハートを掴むという構図がここでも共通項となっている。

海外勢もこの好機を見逃そうとはしない。日本、韓国、フランス、豪州などの一流ブランドが虎視眈々とタイ市場に照準を合わせている。キーワードは、同様に若年層と低価格化路線。バンコクのショッピングモールでは、フロア全体が化粧品売り場と化した例も珍しくなくなった。景気全体の底上げ効果を期待する見方も少なくないタイの化粧品市場。この活況は当面続きそうだ。(つづく)

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