タイ鉄道新時代へ

【第44回(第3部第4回)】インドシナ縦貫鉄道構想その4

タイの首都バンコクを帰着点としたインドシナ縦貫鉄道構想最大のミッシングリンク(不通区間)、プノンペン・ホーチミン・ルート。最短でも約250キロ、ホーチミン北郊ロクニンを経由すれば最長400キロにも及ぶこの区間は、途中に国際的な大河メコン川が南北を縦貫することもあって長らく計画の実現を阻んで来た。ベトナム政府も効果が限定的なことから関心を向けずにいたが、最近になって当該ルートの実現を声高に叫ぶ勢力の動きが目立つようになった。中国版シルクロード「一帯一路」の実現を狙う中国政府だ。一体どんな内容なのか。連載の今回は、カンボジアとベトナムの国境で巣くう中国企業の動きを描く。(文と写真・小堀晋一)

カンボジアで鉄道の運営権を一手に握る地元財閥企業ロイヤル・グループ。豪州の物流企業トール・ホールディングズが撤退して以降は、国内における唯一の事業体として、さらには鉄道敷設を進めたい政府の事実上の窓口として進出を狙う海外企業との折衝を担ってきた。こうした中、昨年後半以降、目立って活発となってきたのが鉄道事業を主力とする中国企業のアタックだ。プノンペンのホテルでは、事業化計画をロイヤル社側に熱心に説く中国人担当者の姿が頻繁に目撃されるようになった。

こうした流れを受けてロイヤル社が今年5月に締結したのが、中鉄十七局集団と神州長城国際工程という鉄道事業を柱とする二つの中国企業との了解覚書(MOU)だ。プノンペン~ポイペト、同シアヌークビルの2つの既設路線の整備に加えて、同様にプノンペンからトンレサップ湖北東岸のシェムリアップ、南東のホーチミンまでを結ぶ2つの新線建設も含まれている。

ホーチミンまでの経路は大きく二つ。このうちプノンペンからほぼ真東に位置するベトナム領ロクニンを経由するルートが有力だ。プノンペンから国境まで約280キロ。それから先ホーチミンまで約130キロの、合わせて400キロ超の国境越え。ここにメーターゲージ(軌道1000ミリ)の鉄道新線を建設するのがその骨子だ。トンレサップ川とメコン川の二つの大型河川をまたがなければならないが、川幅が広がるこれら2河川の合流地点より上流に位置し、対工事の水の影響は限定的とされる。また、土地の収用なども比較的容易と見られている。

この案の現実性が高いとされるのは、かつて仏印による統治時代にホーチミンからロクニンまで軽便鉄道が敷かれていたという過去の〝実績〟があることが挙げられる。すでにレールや付属設備は撤去され跡形もないが、かつてこの地を軽便鉄道とはいえ鉄路が敷かれていたという歴史的事実は重い。

2008年当時に別の事業会社が当該新設計画の試算したところ、プノンペンからロクニンまでの想定総事業費は5.5億米ドル。一方、国境から先ホーチミンまでが4.38億ドルが見込まれた。試算時期からの推移とその後の物価上昇を合わせると、現時点では少なく見積もって15億ドルは要すると業界関係者は判断する。カンボジアの名目GDPが157億ドル(2013年)であるから、国家経済力の10分の1を注ぎ込む巨大ビッグプロジェクトに現地の政財界からの期待も大きい。

検討されているもう一つの経路が、カンボジア領がホーチミンに向かって細長く食い込んだところに位置する国境の街バベットを経由するルートだ。当地は、タイ国境にあるポイペトほどは知られていないが、外貨獲得のためカンボジア政府が誘致したカジノホテルが建ち並ぶ一角。主にベトナム側からの富裕層がギャンブルを楽しむために訪れている。

ここに、プノンペン~バベット間約170キロ、バベット~ホーチミン間約80キロの合計約250キロの新線を建設しようというのが基本的な枠組みだ。訪れる人が増えればカジノ関連の税収が増えることが予想されることから、この計画はかねてからカンボジア政府内にも存在した。しかし、内戦からの復興と国民教育の水準の上昇を急ぎたい意向もあって、これ以上のカジノ拡大を危惧する意見もあった。このため現時点で政府が当該ルートを積極的に後押しする声はあまり聞かない。

むしろ、バベットを通るルートの採算性と実現性を盛んに喧伝しているのが中国企業である。中国江西国際経済技術合作公司はこのほど、カンボジアに事実上の支店となる現地法人を設立。バベット・ルートの効果を政府に盛んに上申している。同法人関係者が試算したところによると、総事業費はロクニン・ルートの半分以下。国境周辺はすでにホテルなどの商業施設が整備されており、実現性は高いとしている。今後、ダークホース案として浮上する可能性は十分にある。

今のところ中国企業の攻勢はカンボジア側からがもっぱらで、国境の向こうベトナムでチャイナマネーが跋扈しているという話はあまり聞かない。だが、カンボジアで事業展開する関連企業の多くは、中国企業がプノンペンからベトナム国境までの工事を優先させ、既成事実を元にベトナム国内への延伸を図る戦略であることを異口同音に指摘する。領土問題、貿易問題に対する中国政府の姿勢を見れば、手の内は明々白々とも言えるとする。

インドシナ縦貫鉄道構想に便乗し、自らの覇権拡大を狙う中国及び中国企業。一方で、経済成長のためにはある程度の中国追随はやむなしと考えるカンボジア政府。そして、日本をはじめとした海外企業。三つ巴の腹の探り合いが行われている先に、プノンペン~ホーチミン間のミッシングリンク問題は存在している。(つづく)

 

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