東北部で事業広げる日系企業

めずらしくタイ東北部の企業を取材できる機会が続き、バンコクから北東に230キロ、東北部の玄関口であるコラート(ナコーンラーチャシマー県)とバンコクから457キロの象祭りが有名なスリンに数日間の取材に行ってきた。

コラートはチェンマイと並ぶタイでは大きな都市で、人口は20万人足らず。日本企業は約70社あるとされ、「コラート日本人会」(現在の代表はNK MECHATRONICS社の岩政一行氏)も結成されている。今回、訪問したのは1997年にコラートに進出し、精密金型、精密プレス部品加工、治工具製造、コイルスプリング加工、板金、切削加工などを行っているコラート松下(KMC=Korat Matsushita Co., Ltd.、松下紘審社長)。松下紘審社長はコラートについて「バンコクから車で3時間は少し遠いが、労働争議や労働者不足という問題は皆無。2020年を目途に高速道路の建設が進んでおり、高速鉄道も建設予定」と環境の良さを強調。そして「コラートでは道路渋滞はないし、自然に恵まれ、空気もきれい」と気に入っている。

また、初めて出掛けたスリン県は養蚕が盛ん。県のコミュニティ開発事務所によれば、スリンでシルクを編んで収入を得ているグループ1,537件が同事務所に登録。データを調べてくれた職員は「登録していないグループが他にも多くある」と言うから、スリンのほとんどの農家がシルクを織っていることになる。蚕の餌となる桑の葉を栽培する農家がスリンの周辺県も含めて多く、スリンの養蚕業の規模は大きい。

スリン養蚕業の最大手がムアンスリン郡にあるルアンマイバイモン。今回のスリン訪問のきっかけは、2017年夏に同社が世界で初めてシルクジーンズのジャケットとパンツを開発したと聞いたことだった。工場にある織機はすべてタイ製だが、修理中の古い日本製の繰糸機は修理が終わり次第、フィリピンのシルク工場に輸出するという。スリンのシルク産業で使われる機械の現状は次号で紹介したい。

様々な苦難を乗り越え、業容を拡大

精密金型、精密プレス部品加工、治工具製造、コイルスプリング加工、板金、切削加工などを手掛けるコラート松下(KMC=Korat Matsushita Co.,Ltd.、松下紘審社長)はバンコクから北東に230キロ、タイ東北部の玄関口であるコラート(ナコーン・ラーチャシマー県)で1997年に創業している。コラート(郡=アンプー)はチェンマイ県チェンマイ郡と並んで人口は約18万人と、バンコク首都圏を除けばタイで最大都市の一つにあたる。

KMCは1997年4月に資本金6,250万バーツ(1バーツは3.4円)で設立されている。松下製作所が65%、兼松KGKが5%、残る30%はタイの上場企業PCS Machine Group Holding Public Company Limited創業者であるシリポーン(SIRIPONG RUNGROTKITIYOT)氏が持つ。

創業直後にタイを発祥とするアジア通貨危機に見舞われる等、苦難の時期を乗り越えながら業容を拡大してきた。「受注産業だから目標を立てにくいという面はあるが、私は売上増を図るより最良の製品を提供することを心掛けてきた」と松下紘審社長は語る。それでもKMCは金型設計製作、製品組立、コイルスプリング加工、板金、旋盤/フライス加工などにも業務を広げ、現在の従業員数は約900人と日本本社の60人程度に比べて圧倒的に大きくなり、さらにタイ工場の拡張も検討している。工場敷地7ライ(1ライは1,600平方メートル)でスタートし、これまでに隣接地を買い増し、100ライほどとなり、拡張用地も十分ある。従業員約900人の全員は工場から5キロ以内に住んでいることを条件に採用しているが「労働力はかなり豊富」(同)という。

KMCの親会社である日本の松下製作所(山梨県笛吹市一宮町、いちのみや坪井工業団地内)はプレス金型メーカーとして1959年に山梨県山梨市で創立、2006年9月には2代目社長の松下慶麿氏が会長に、取締役常務だった松下清人氏が社長に就任した。松下清人社長の実兄にあたるのがタイを任されている松下紘審KMC社長で、タイ工場の検討時から立ち上げに関わってきた。

タイ進出の経緯についてKMCの松下紘審社長は「25年程前から日本企業のグローバル化が叫ばれる中で、松下製作所でもアジア進出の検討を開始し、各国の投資環境を調査したが、タイが最終候補に残った」という。同社長によれば最初からタイ進出プロジェクトを任されて立地先を探して歩き回り、取引先の兼松KGKの日本人の案内でコラートをベースに急成長を遂げていたPCSを訪問、当時社長だったシリポーン氏と面会した。すでに他の日本企業との合弁活動など日本企業との関係が深いシリポーン氏は、日本滞在時に松下製作所の訪問を希望し、山梨県笛吹市の工場を視察した。そして当時の松下慶麿社長と意気投合して、タイに新たな合弁会社を設立することを決めた。シリポーン氏は新合弁会社で過半数の資本を持つことを当初要望したが、松下慶麿社長は譲らずに日本側70%保有で合意した。さらに松下慶麿社長は高い工業団地内の中ではなく国道に面した土地への進出を希望、シリポーン氏がすでに保有していたコラート中心部からバンコクに20キロほど向かった国道沿いの土地への進出を決めた。

工場を操業開始する2年前の1995年7月にはすでにタイ政府の投資委員会(BOI)から投資奨励恩典を取得、TS規格(ISO/TS 16949)などISOの各規格も取得した。現在の主要取引先は自動車・バイク関係が35%、デジカメ・時計・機構部品が30%、プリンター関係が35%。社内にBOI担当者を4人も置いているのも、「もしも担当者が急に退職するといった事態でも対応できるため」と松下紘審社長はBOIを重視している。

金型工場増設を検討

「当初は3台のプレス機だけで立ち上げたが、今日までにプレス機だけで300トンのトランスファー(順送)2台、250トンのサーボプレス1台など順送プレス52台の他、単発プレス39台が稼働している」と松下紘審社長。金型製造のために導入している放電加工機は型彫り、細穴、タップ放電加工機やワイヤーカットなど6台はすべてタイで製造されたソディック製。ほか、OKK製のマシニングセンターは、三井精機のジグ研削盤などを導入している。測定器もミツトヨ、ニコン製など多数を取り揃えている。

顧客からの要望に応えてコイルスプリングに進出、2008年年初から押しばね、引きばね、ねじりばね、フォーミングの0.06ミリから4ミリの線径で製造を開始した。2011年には敷地内に新工場を建設して板金加工・塗装にも参入した。アマダのタレットパンチプレス(タレパン)とベンディングマシンなども導入した。

金型は2,000セット以上を保有(6割は客先の支給、4割は自社制作)。このところ年150型ほどの新型制作で、日本人の設計者が駐在して金型設計から手がけているが受注をこなし切れない。そこでタイの日系大手で金型を担当していた中国人が上海近郊で起業した金型工場への発注も増えている。「まだ決めていないが2019年には金型工場の増築も考える」と松下紘審社長は明かす。

KMCの金型設計は、すべて3次元CADで行われており、コンピューターエンジニアリングのEXCESS HYBRID CADを3台とソリッドワークスの3D CADを6台など導入し、40人のタイ人エンジニア(男性7割、女性3割)がいる。

勤務時間は午前6時から午後3時までと午後3時から深夜0時までの2シフトで午前0時から6時間は工場の稼働は止めている。5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾のイニシャル)運動の他にムダ、ムラ、ムリを追放する3Mカイゼン運動も展開している。提案箱が設置されており、無記名でも提案できるが、採用された提案には1,000バーツといった奨励金を支払っている。同社ではいったん退職した従業員が後に再雇用を希望してくれば、初回に限って再採用している。

KMCでは、幅広く人材を育成し、専門技術のレベルアップを図る方針で「良い商品は良い環境から」と考えている。日本人スタッフがそろってタイ人従業員を指導。松下紘審社長は、最新設備とクリーンな環境づくりを念頭に、工場が明るく活発な人間形成の場になるような環境整備を図っている。「開発・技術・応用・提案を柱としてそれぞれがクロスオーバーした新しい発想や視点を積極的に取り入れるシステムにすることで専門技術のレベルアップをサポートしたい」。

タイ国内への泊りがけの旅行会もパタヤ、ホアヒン、ラヨーンなど向けに毎年実施、前回は380人が参加した。2018年の応募では500人以上が参加を希望したが、ホテルの手配などの問題から中止、「旅行への参加を希望しなかった従業員も含めた全員に現金を支給しました」(同)という。12月28日の年末最終勤務日は各自の持ち場の清掃作業が終わる夕方からは、工場敷地内に設置された舞台でプロのバンドや歌手も呼んだ夕食会が盛り上がる。

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