ポストコロナ時代の成長戦略 タイのBCG経済

産業の発展は、国の経済成長にとって非常に重要である。しかし将来、産業の開発に必要な資源は枯渇する可能性が高い。そのため2015年の国連サミットでSDGs(持続可能な開発目標)が掲げられ、長期的な価値創造のためのフレームワークとして定着しつつある。SDGsは企業に対し、ビジネスを通じて環境、社会、経済の諸課題に取り組むことを期待している。こうした流れを受け、タイ政府は今年1月、社会経済の発展モデルを「BCG(バイオ・循環型・グリーン)経済」と名づけて、2021年から2026年までの5カ年計画で関連産業を振興する方針を決めた。BCG経済は科学技術やイノベーションを推進して質の高い製品やサービスを生産することで、国の競争力と価値を高めることを目標としている。BCG経済は、果たしてコロナ後の経済復興のけん引役となるのか。その現状と課題をリポートする。

資源を循環させる経済

水と環境の持続可能性研究所(WEIS)のソムチャイ会長は、BCG経済に関するセミナーで次のように述べた。  「現在、世界中で検討されている重要なトピックの一つに都市問題があります。人々が都市に集まることで経済が拡大する一方、人口一極集中によりインフラが限界に達している都市も少なくありません。こうした現象は資源の非効率的な使用を引き起こし、都市環境を徐々に破壊して人々の健康に悪影響を及ぼします。  もうひとつの興味深い点は、気候変動が世界中で大きな問題となっており、解決策や対応策が求められていることです。気候変動は深刻さを増しており、世界中で大規模な自然災害が頻発しています。生物がこの変化に適応できなければ、農業、漁業、畜産などにも影響を与えます。また水資源の不足や海面上昇、新たな感染症などを引き起こします。気候変動の影響は、結果的に土地や食料、水などの資源の獲得競争を激化させるでしょう。だからこそ持続可能な開発がますます重要となるのです。各国は税制改革や研究開発活動の促進策などを進め、環境の保全と回復を経済開発に組み込む必要があります」  BCG経済は、Bio(バイオ)・Circular(循環型)・Green(グリーン)の頭文字からなる造語である。このうち「バイオ」は、天然資源を費用対効果の高い方法で利用することに焦点を当てたバイオエコノミーの概念だ。環境保護の知識やさまざまな技術を応用して、資源を最小限に抑えた製品を開発したり、生産性を高めるために最も効率的な方法で生産を行ったりすることで、環境保護を実現する。「循環型」は、人間と資源のバランスを重視したサーキュラーエコノミー(循環型経済)の概念で、有限な資源を再利用可能なものに変えることで資源の利用サイクルを可能な限り循環させることを目指す。そして「グリーン」は、グリーンエコノミーの考え方に基づいて産業を運営し、道具や物を持ち寄って環境や資源を大切にすることを指す。  BCG経済はすべての人がより質の高い生活を送れるようにすることを目的としており、成功させるためには産業部門、サービス部門、公共部門のすべてのセクターが協力し合う必要がある。  産業部門は生産者やサービス提供者として、環境負荷の低減や再生可能な資源の使用など、適切な原材料を選択する必要があるほか、生産システムの開発や改善、環境へのサービスの提供(エコファクトリー/グリーンインダストリー)、環境に配慮した製品(エコプロダクツ)の生産やサービスを提供する必要がある。一方、消費者側は食習慣を見直し、できるだけ再生可能な資源を利用し、環境に配慮した製品を選択することが求められる。

焦点となる4つの分野

タイ政府はBCG経済を産業高度化政策「タイランド4.0」と同様、国の重要戦略に位置付けて5カ年計画(2021~26年)を進めている。計画では、以下4つの戦略が掲げられた。①環境保全と資源利用のバランスを取り、資源基盤と生物多様性の持続可能性を構築する。②技術やテクノロジーを用いて、地域社会と基礎経済を強くする。③BCG経済モデルに沿った産業計画で持続可能な競争力を向上させる。④グローバルな変化に対応できる力をつける。  BCG経済では、タイランド4.0で推進している10の産業分野のうち、「農業・食品」「医療・医薬品」「エネルギー・素材・バイオ化学」「観光・創造経済」の4分野に焦点を絞っている。現在、これら4つの対象産業の国内総生産(GDP)は3.4兆バーツ(約12兆円)と全体の21%を占めており、これを今後5年間で4.4兆バーツ(全体の24%)に引き上げるという。各産業における具体的な方策は以下の通り。 農業・食品 タイは農業国でもあり、農業・食品に従事する労働者は約1,200万人。耕作地の90%が米、サトウキビ、キャッサバ、ゴム、パーム油、トウモロコシの6種類の栽培に充てられている。この分野の課題は、労働者の32%を雇用しているにも関わらず、GDPの13%しか生み出していないことである。肥料や農薬などの投入物の輸入額は1,000億バーツ以上で、生産効率は近隣諸国に比べて20~50%低い。そのため農業・食品の分野では、技術やイノベーションを駆使して付加価値を高め、多くの収入機会を得ることが必要となる。 医療・医薬品 タイはワクチンを含む医薬品の輸入に年間1,000億バーツ、がん治療薬の輸入に1,900億バーツを費やしている。そのためタイは医療分野の自立性を構築する必要がある。とりわけバイオ医薬品の開発を進め、治療モデルを精密医療(個人の全ゲノム解析結果の利用を前提とした新しい医療)に変えるなど、医療サービスと臨床研究の世界的な中心地になることが求められる。  エネルギー・素材・バイオ化学 タイはエネルギーの60%を海外から輸入している。また国内のエネルギーのうち再生可能エネルギーによるものは15.5%にすぎない。そのため、エネルギー安全保障の強化と、化学・素材製品の構築に注力し、高付加価値のバイオ資源を最大限に活用する必要がある。 観光・創造経済 タイの観光収入は世界4位の3兆バーツ(約10兆円)でGDPの約2割を占める。観光客の8割はバンコク、プーケットなど8県に集中しており、環境にも配慮しながら観光を推進している。これは持続可能な観光を強化する方法の一つといえる。新型コロナの流行は世界中の観光客の行動に変化をもたらした。今後は健康と衛生の重要性が高まり、混雑を避ける安全な旅や近場の旅、ニッチな旅が増える。そのためテクノロジーを利用して旅行中の快適さを向上させたり、新たな観光プラットフォームを構築するためのデジタル投資を増やしたりする必要がある。

官民の連携が重要

タイ工業連盟(FTI)は、経済成長と環境保全を目標に、「BCGモデルの開発と成果の拡大」「知識と経験の開発と移転」「基準の開発と政策支援」という3つの戦略のもと、国のBCG政策の推進に貢献している。主な活動としては、スマート農業の振興、プラットフォームの開発、「サーキュラー・マテリアル・ハブ」と呼ばれる廃棄物の管理、環境にやさしいPET・プラスチック包装の協定の締結などがある。FTIのクリエンクライ副会長は次のように述べた。  「FTIは加盟企業(製造業を中心とする45産業)と11の産業クラスターの管理を任されており、これらがBCG経済を動かし、プロジェクト実施の主力となっている。BCGを成功させるためには、社会経済を再設計し、循環経済への移行、分散型社会への移行を統合的に進めていく必要がある。事業部門は石油化学、建材、食品、電気、電子機器の5分野をBCGモデルに沿った産業クラスターにアップグレードしていく。また、健康・美容関連もタイ経済を牽引する重要な産業グループだ。この分野は特に中小企業との結びつきが強く、今後、国内外で競争力を高めていくだろう」  工業省は今年、「BCGコンセプトに基づく中小企業家の競争力向上プロジェクト」を立上げ、その一環として南部14県をモデル地区に指定し、BCGモデルを試験的に導入している。同プロジェクトは現地での起業家育成も掲げており、南部14県からは25人の起業家が選ばれた。内訳は、バイオエコノミーが8件で32%、循環型経済が7件で28%、グリーンエコノミーが10件で40%となっており、それぞれが環境を保護しながら経済価値を10%以上向上させることを目指す。  豊富な天然資源があり、製造加工業も盛んな南部14県は、BCGモデルの対象産業の生産拠点として高いポテンシャルを備えている。国内外の様々な地域につながる物流網があることも、この地域の大きな利点である。

タイ投資委員会(BOI)も支援

タイ政府は、天然資源の持続可能性を確保するための投資、労働力の新しいスキルの開発、農作物や食品へのバイオテクノロジーの応用を促進し、コロナ後の回復期に包括的な新しいビジネスチャンスを提供しながら、タイ国民の雇用と生活の質を向上させることを目指している。そのためにはBCG産業への民間部門による投資が欠かせない。  タイ投資委員会(BOI)のドゥアンジャイ長官によると、BCGは今後5年間でGDPの25%に相当する4兆3,000億バーツ(約15兆500億円)の付加価値を生み出し、タイの主要経済基盤になる見込みだという。BOIは、国内産業の競争力強化、新型コロナからの経済復興のためBCGへの投資を促進しており、対象産業への投資に優遇策を設けている。  例を挙げると、バイオ肥料の製造、植物や動物の繁殖、変性デンプン、植物や動物の油抽出物の製造、食品や飲料の保存料や添加物の製造、近代的な農業製品や植物工場の製造については法人税が5年間免除される。また、高度な技術を用いた天然抽出物の製造、活性成分の製造、天然ゴム製品の製造、環境に優しいパルプや紙から作られたパッケージの製造については法人税が8年間免除される。医療・医薬品分野では、臨床研究や高齢者向け病院・介護サービスセンター事業向けに、3~8年間の法人税免除が実施されている。  そのほか、バイオマス・ブリケットまたはパレットの製造、環境に優しいポリマーの製造に対する5年間の法人税免除、高度なバイオテクノロジーを採用した製品の製造、農作物、廃棄物、スクラップからの燃料製造に対する8年間の法人税免除、不要物のリサイクルと再利用に対する5年間の法人税免除、ゴミや再生可能エネルギーからの蒸気による電力生産、廃棄物処理・処分に対する8年間の法人税免除などがある。

バランスのとれた開発に向けて

SDGsやBCGモデルは、プミポン前国王が提唱した「充足経済(足るを知る経済)」の哲学にも通じる。充足経済とは、経済発展は既存の資源を利用して生産し、地域の基盤を強化することから始まり、バランスのとれた安定した成長と自給自足の経済を実現する必要があるという考え方だ。  BCG経済モデルは農業を基本的な要素とし、特にバイオエコノミーを重視している。現代のバイオテクノロジーを応用すれば、農業や産業の生産性を向上させるとともに、公衆衛生への悪影響を軽減できる。タイ政府は、生産性を向上させるための革新的な農業製品や方法を支援することで、これを実現する計画だ。  農業はバイオエコノミーの一部であり、バイオエコノミーは「低炭素かつ資源効率的で包摂的な」のグリーンエコノミーの一部である。グリーンエコノミーを維持し、基礎となるバイオエコノミーへのフィードバックループ(フィードバックを繰り返すことで結果が増幅されていくこと)を維持するためには、製品をできるだけ長く使用して循環させることが重要となる。  循環型経済は、バイオエコノミーとグリーンエコノミーをつなぐ重要な要素となる。BCGモデルでは、廃棄物や汚染を排除し、製品や材料を使い続け、自然のシステムを再生することを原則としている。  産業界ではすでに循環型経済が現実化している。具体的な例としては、2020年10月に東部チョンブリ県に設立されたタイ・イースタン工業団地がある。タイ初の「バイオ循環型工業団地」に指定された同団地は、農家がバイオ産業の原料となる高品質な製品を開発することを支援し、3年間で地元住民8,000人の雇用と安定した収入を創出している。政府の試算では、年間32億米ドル以上の経済価値を生み出す見込みだ。  ドーン副首相兼外務大臣は、BCGモデルについて次のように述べた。  「BCGモデルは、環境を置き去りにしない持続可能な開発に向けた包括的なアプローチだ。環境容量を超えないバランスのとれた開発を進めることで、人間や動植物への感染症や気候変動のリスクを低減できる。天然資源の消費量を3分の2に減らし、開発による汚染や環境への影響を減らすことが期待されている。このパラダイムは、自然災害や新型コロナのパンデミックのような形で起こるかもしれない混乱を避けるために、人間と自然のバランスを保つことを目的としている」  タイはこれまでに幾度となく環境保護への取り組みを表明してきた。例えば2019年、ASEAN議長国だったタイは、バンコクで開催されたASEAN首脳会議で、海洋ごみの削減に関する連携の拡大をうたった「バンコク宣言」の採択に尽力した。これは、より多くのプラスチックを削減し、リサイクルするというタイの政策と一致している。他にも、タイは2030年までに食品廃棄物を30%から10%に減らすこと、また低炭素社会の実現に向けて2030年までに温室効果ガスの排出量を20~25%削減することを表明している。  タイは、BCGモデルが世界経済にもたらす恩恵を認識しており、コロナ後の復興に向けてBCGモデルを活性化するために、技術的・科学的資源における連携を諸外国のパートナーに呼びかけている。2022年にはRCEP(地域的な包括的経済連携協定)が発効し、アジアに新たな巨大経済圏が誕生する。加えて、タイは2022年のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で議長国を務める。こうした国際的な動きは、タイがBCGモデルを世界に発信し、先端技術を持つ外資企業を誘致する絶好の機会となるだろう。

2021年11月1日掲載

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