将来は世界的な企業へ ヤンゴンほのぼの町工場

この20年ほど、ミャンマーで多くの工場経営者と親しくなった。工場と言っても、そのほとんどは土間でコンクリートを打っておらず、土の上に旋盤などの機械を置いて作業しているところもある。まさに日本の昭和初期がこんな風だったのだろうかと考えるような工場がほとんど。社長を含めて名刺を持っている人も少ない。これらミャンマーのローカル工場は家族中心にモノづくりをしており、どこもほのぼの家族といった風情がある。何度も通って観察していると、ミャンマーでのモノづくりは、一見は昭和初期といった感じだが、技術伝承は着実に行われていることなどが分かってきた。

そんな一社が機械メーカーのアウンミン・インダストリーという会社だった。この工場に出会ったのは、ヤンゴン大学で植物学を学んでいたミヤタンダアさんという女性と知り合ったことがきっかけだった。ある日、ヤンゴン郊外にあるこの父親の工場に案内してくれたのだ。アウンミン・インダストリーは純ローカルのメーカーとして練炭製造機械をメインに、農業国ミャンマーならではのコメやマメ類の自動選別機、サトウキビを絞る業務用機械なども製造していた。

ミヤタンダアさんは同じヤンゴン大学で学んでいた古都ピイ出身のゾウ(ZAWOO、44歳)氏と2002年に結婚した。ゾウ氏の父親は機械好きで、自動車の中古エンジンを使ったさまざまな機械を作っていた。ゾウ氏も幼少時代から父親の影響を受けて本などで機械づくりを独学で勉強してきた。大学を卒業しても就職先がなかったゾウ氏は、ミヤタンダーさんの父であるトォア・オン氏(故人)の工場で働くようになった。しかしトォア・オン氏は仕事が増えていた首都ネーピードーに工場を移転することになり、それを機にゾウ氏は独立して現在の工場を始めた。「義理の父より技術力で上回った自信ができていましたので独立できました」とゾウ氏は振り返る。

マカオの鉄道関連部品を製造

ヤンゴン国際空港から北に1時間ほど行った幹線道路に面してAUNG SANN THIT MIN MACHINERY CO.,LTD(以下、ASTM)というローカルの機械メーカーがある。ASTMを起業したのは古都ピイ出身のゾウ(ZAWOO)氏、44歳。ASTMでは農業国ミャンマーならではのコメやマメ類の自動選別機、サトウキビを絞ってジュースを作る機械のほか、業務用のカキ氷機、練炭やレンガの自動製造機などを年60機ほど生産している。現在の工場は昭和初期には日本もこんな風だったのでは、と思わせるような粗末な建物ではあるが、先代からの技術の伝承が続いていると言える。

奥さんであるミヤタンダアさんとはヤンゴン大学時代からの付き合い。義父のトォア・オン氏から機械製造を学びながらも、「なんとかこの義理の父の技術を上回るようになりたいと考えて日夜努力を続けました」とゾウ氏は話す。

ASTMでは2017年に入って、シンガポールで渡部高明氏(三菱重工OB)が設立したニッショーエンジニアリング向けの機械部品の製造が決まり、初輸出ができたとゾウ氏は喜ぶ。ニッショーの仕事をゾウ氏に仲介したのは、ニッショーのミャンマー人幹部ウイン・トゥン・アウン(WIN HTUN AUNG)氏。同氏はゾウ氏より若い40歳で、ゾウ氏の夫人の親せき筋にあたる。

ニッショーは三菱重工の下請け企業で、マカオで建設中の鉄道向けの各種部品を、コストが安いミャンマーで製造することにし、ゾウ氏の工場が選ばれた。2018年にも香港と遠大な巨橋でつながるマカオには、三菱重工と伊藤忠商事の共同事業体としてマカオ初の鉄道(マカオLRT)の第1期工事が2018年の開業を目指して進んでいる。ASTMが既に生産したのはマカオに導入される鉄道車両のメンテナンス用で、クレーンで車両の車体ボギー車を吊り上げるときにサポートするボディスタンド用の部品など。ミャンマーから直接マカオに輸出せず、まずシンガポールのニッショーに輸出。そこで組み立てられてからマカオに輸出されることになっている。

ミャンマーでは口コミが命

ASTMが現在主に製造している機械は、ミャンマーの建設現場で広く使われる6つの穴が空いているレンガの製造機。マニュアル(手動式)では毎時3000個を生産でき、価格は1台4,000米ドルほど。年25機ほどを生産している。「最近ではミャンマーのラカイン州、ミッチーナ、マンダレー、ミヤワディ、ダウェイ、パティンなどに納入した」とゾウ氏は話す。全自動化したバキューム方式も製造しており、これは1台2万5,000米ドルだが、昨年は3機が売れたという。バキューム方式で使われるコンプレッサーはネットで探した中国製で、「中国国境であるムセを通じて1機50万チャット(約5万円)で輸入している」(同)という。

機械には1年間の保証を付けて販売している。機械関係の新聞などもないミャンマーでは口コミでの販売が頼り。ゾウ氏は「製造販売した機械を買ってくれた人が、良い機械だ、一度も故障しない、などと宣伝してくれるので、広告もまったくうっていないのにも関わらず知らない人からの注文が続いている」と語る。

練炭製造機は120万チャット(約12万円)で、ゾウ氏は「一日1万5,000個の生産能力があり、この機械で作る練炭は1個10チャット(1円弱)で販売されています」と説明する。UNICEF(国際連合児童基金)向けに粒子が細かい粘土の型を通る浄水装置をタイの欧米系エージェントを通じて受注したこともあったが、UNICEFから“タイで作るより品質が良いものが作れる”と評価されて追加の注文が続き、1台5,000米ドルほどで計7台を納入したという。

ゾウ氏の工場では旋盤が3台、フライス盤、ラジアルボール盤、立て削り盤、アーク溶接機などを導入している。「三菱」と刻印された古い日本製の工作機械もあり、十数人いる従業員が夢中で仕事に取り組んでいる。

この工場から独立して近所に同様の工場を始めた元社員がいる。「現在は口もきかない関係だが、聞くところによると事業が不振のようだ」とゾウ氏。そこで「もし、ゾウ氏の工場でまた働きたいと言ってきたらどうしますか」と聞くと、ゾウ氏は「当然雇いますよ。仕事ができる奴だから放っておけない」と即答した。

将来は世界的な企業を目指す

ASTMではこのほど、アウン氏が半額を出資して取締役に就任した。アウン氏はタイ北部のメーホンソンに近いカヤー州の州都ロイコー出身。実家は家具を作る大工だったが、アウン氏はロイコーでサトウキビ絞り機などの仕事をしていた。そしてシンガポールに出稼ぎに行くことになり、焼却炉、集中排気装置などの環境機器を製造していたニッショーに就職。これまでに同社のマネージャーになっている。ニッショーはシンガポールよりも安く下請け生産ができるミャンマーに目をつけ、アウン氏を派遣。真っ先に向かったのが旧知のゾウ氏だった。

シンガポール向けの金属部品の下請け生産を依頼し、すぐに生産が始まった。アウン氏は「私は前々からゾウ氏の天才的な機械づくりに対する能力を買っており、いつか一緒に仕事ができればと考えていた。しかしこんなに早く実現できるとは思いませんでした」と喜ぶ。

起業家志向が強いアウン氏はヤンゴンのTHINGANGYUNタウンシップに自ら社長(MD)を務めるLEO AUNG ENGINEERING CO.,LTDも保有している。この社名のレオはライオンの意味なので、強いライオンのアウンという意味になる。シンガポールで忙しいアウン氏だが、2カ月に一度ほどの頻度でミャンマーに来るようになっている。

アウン氏は納入した機械の確認のため、これまでに6回ほど日本に出張。「すべてがハイレベルの日本基準(スタンダード)を学んできた」と言う。「日本の工場に当社が収めた部品のインスペクション(点検)のために訪問すると、初めて行った日本の納入先の会社では『ミャンマー人が来たけど、ほんとにできるの?』などと怪訝な顔をされたりしたが、無事やり遂げてきたと思います」と胸を張る。

ミャンマーから母親も呼びよせて一緒に生活しているアウン氏だが、「シンガポールにはゴミがなくきれいと言われるのは、清掃員の人口当たりの数が日本などと比べて桁外れに多く5万人もいるからです。シンガポールではごみを指定場所以外に捨てると厳しい罰金が科したりして、ごみが無いように見せているだけで意識面では日本とは比べ物にならないほど低く、マナーも悪い」とこぼす。アウン氏は日本で学んだ整理、清潔さの重要性について、ゾウ氏の工場で指導している。

ASTMの工場は屋根があっても横の壁さえない建物で、機械の一部は地面の上にそのまま設置されている。「埃が舞っている状態で高精度加工などできない。なるべく早く、日本人など先進国から顧客が来ても恥ずかしくない工場に改善していきたい」とアウン氏。社名のAUNG SANN THIT MIN MACHINERYには「機械で偉大な成功」という意味が込められている。最近、完成したすべての機械にASTMのロゴとブランド、製造年月日の刻印を入れている。「いつか世界的に名前が知られる会社になりたい」と、ゾウ氏とアウン氏は夢を膨らます。

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