タイ企業動向
第44回「伸張するタイの電動バイク市場」
東南アジアのタイで主要な国民の足と言えば、安価で子供でも乗れそうな二輪車(オートバイ)。公共交通機関の少ない地方に行けば、一家に2台、3台も珍しくない親しみのある乗り物だ。陸運局のまとめでは、昨年一年間で新規に登録されたバイクは全国で178万8459台。天然ゴムの国際価格が下落するなど農家の購買力が落ち込んだことから、対前年比1.2%減と3年ぶりに前年を下回った。今年も通年で同約2%減の175万台ほどと見込まれており、頭打ちの状態も続いている。こうした状況にあって、ひときわ高い伸び率を見せ期待されているのが二次電池を動力源とした電動二輪車(電動バイク)だ。今年上半期(1-6月)の伸び率だけ見れば、前年同期比520.4%増と驚異的な伸びとなった。どんな試みがあるのか。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)
今年3月27日から4月7日までバンコク北郊のイベント施設「インパクト」で開催された「第40回バンコク国際モーターショー」の記念大会では、四輪車に交じって電動二輪車(電動バイク)の存在がひときわクローズアップされた。前年に初お目見えとなったホンダ製「PCX Electric」に続いて、シェア2位に付けるヤマハが電動トライアルバイク「TY-E」を展示。力強い低速トルクはバイク好きの若者を引きつけた。一方、シェア3位のイタリアのベスパは、10年間はもつという高耐久性バッテリーを搭載した「ベスパ・エレットリカ」を投入して話題をさらった。電動バイクが独立したカテゴリーとして認知される日が近いことを印象づけた。
もっとも、電動バイクがタイの市場に登場するのは、これが初めてではない。2010年、タイの陸運局に登録された電動バイクは約7700台と、現在と比べようもないほど多かった。ところが年を経るごとに減少し、17年末現在では1200台余り。初期年度こそ政府の資金投入により公的機関などで導入が進められたものの、高額な二次電池の低価格化が容易に実現しないことや充電に時間がかかることなどから民間市場に浸透せず、事実上の打ち切り状態となっていた。
今回、晴れて〝再登場〟となったのは、二次電池を含むさらなるコスト低減や環境整備が進んだからに他ならない。国営石油公社のPTTがスタートアップ事業として支援するベンチャー企業「Eトラン」では、当初1台10万バーツ弱と見積もっていたバッテリーを含む製造コストを引き下げることに成功。6万バーツ台のラインが見えてきた。長期ローンと組み合わせれば、所得の少ない農家でも手の届かなくない価格だ。
また、同社はタイ全土で主要な国民の公共の足となっているバイクタクシーの組合向けレンタル制度も検討。月額3000~4000バーツ程度で貸し出すことで、導入に躊躇する個人事業主ら運転手の意識の垣根も低くなるとみている。需要の多いバンコク首都圏では、駅周辺の公共の場などに充電スタンドの設置も合わせて進めたい考えだ。将来的には運河の多い地域向けに、電動ボートの開発も念頭に置く。
二次電池の低コスト化には、他の二輪車メーカーも積極的に取り組んでいる。日本のホンダ、ヤマハ、スズキ、川崎重工の4社は今年4月、電動バイク向けに脱着が可能な交換式二次電池の規格を統一することを話し合う協議会の設置を決めた。協議会では、価格や走行距離の点からネックとなる二次電池を脱着式とし、市中に点在させる「電池ステーション」で交換できる仕組みを検討。利便性が増すことで価格や不便さへの抵抗感が和らぐとみる。
ホンダの取り組みはさらにその先を行く。脱着式リチウムイオン電池「ホンダ・モバイルパワーパック」を電動バイク以外の用途にも転用。例えば、友人とツーリングやキャンプに行った先で供給電源として利用することや、農業機械ほか他の動力機械と共用するなどという構想も進めている。
こうした企業各社の取り組みの背景には、地球環境に配慮した二酸化炭素排出量削減に対する共通した理解のほか、近年、中国やタイなどの工業新興国で急速に深刻化し出した微小粒子状物質「PM2.5」などによる健康への懸念が強く存在する。黒煙を排出して市中を爆走するバイクやボートを見て、顔をしかめた経験のない人はまずいないことだろう。必要から来る技術発展と市場開拓。消費者ニーズを見据えた企業の取り組みと努力がここにも存在している。(つづく。写真は各社団体の資料から)
タイの電動バイク等をめぐる最近の主な動き
企業名等 | 対象物/サービス | 概要 |
タイ国営石油公社 PTT/Eトラン | 電動バイクの開発・販売・貸与 | PTTが支援するベンチャーメーカーの「Eトラン」が電動バイクの開発を担当。全国に広がるガソリンスタンドネットワークなどを活用して、PTTが年内にも販売を開始する。すでに大口注文など3000台の引き合いがあるといい、今後はコスト削減と低価格化がカギ。1台7万バーツほどに下がれば量産に踏み切る。バイクタクシーへのレンタルも計画する。 |
リアボン・ニューエナジー | 電動トゥクトゥクの開発・販売 | 2017年設立のベンチャー企業。翌年から電動トゥクトゥクの生産を開始。月産能力は30~35台。1回の充電で120キロの走行が可能。現在の標準販売価格は1台約35万バーツで、ホテルやリゾート施設などが顧客だが、コスト削減が実行できれば一般の乗用にも販路を拡大する計画。3月の総選挙時にも選挙カーとして盛んに利用された。 |
タイ発電公団 EGAT | 省エネ認証ラベル | 電力の生産を担当する同公団が、電動バイク市場に省エネ認証ラベルの導入を決定。早ければ今年9月にも認証ラベル「№5」の付与が始まる。環境保護の観点から行われるもので、ラベルの付与により環境に優しい電動車であることが一目で判別できる。各種優遇策なども受けられるようになる。 |
国立タンマサート大学 | 電動バイクによるタクシー運行 | バンコク北郊ランシットにあるキャンパスで、電動バイクを使ったタクシーサービスを開始。乳製品大手ダッチミルが豪ソーラーパネルメーカーと合弁開発したバッテリーの脱着可能な電動バイクを使用。料金は一般市場並みと据え置く。稼動台数を順次増やす計画で、150台の運行で構内の二酸化炭素を年間500トン削減できると試算する。 |
CIMB銀行 | 電動バイク向けローンの提供 | マレーシア系銀行の同行が、タイで初めてとなる電動バイク向けローンのサービスを開始。バイク単体の価格が一般のエンジン製バイクに比べて割高となることから、月利も一般車の約1.9%から1.5%ほどに抑え、利用しやすくする。支払期間も長期分割を可能とし、電動バイクの普及に貢献する考え。 |
エナジー・アブソルート | 電動ボートの開発・運航 | 発電事業会社の同社がチャオプラヤー川で稼動する電動ボートの開発に着手。10億バーツを投じて、54隻を建造する考え。船は全長24メートル、幅7メートルのシンプルな構造で、定員は200人。800キロワット時のリチウムイオン電池を搭載し、1回の充電で約120キロを航行する。蓄電池は台湾メーカーの有量科技との合弁生産を予定。 |
ホンダ | 電動バイクの開発・販売 | 高級スクーターとして位置づけるPCXシリーズに電動バイク「PCX Electric」を投入。昨年の「バンコク国際モーターショー」で初お目見えさせた。座席下の格納庫に、1個10キロの持ち運びができる脱着式リチウムイオン電池「ホンダ・モバイルパワーパック」を2個搭載。屋外などで給電機として利用できるようにもした。 |
ヤマハ | 電動バイクの開発・販売 | タイのバイク市場でホンダに次いで2位に付ける同社が開発した電動バイクが「TY-E」。トライアルバイクと位置づけ、従来から電動バイクの懸案とされてきた低速でのトルク低減と高速での馬力の不足を、部品の軽量化と高出力小型モーターを使うことでいずれも克服。根強いヤマハファンに受け入れられる仕上がりとした。 |
ベスパ | 電動バイクの開発・販売 | 頭打ちのタイ二輪市場で対前年比2桁の高い伸びを続けているのがイタリア系のベスパ。タイ法人のベスピアリオ(タイランド)は電動バイク「ベスパ・エレットリカ」を輸入販売。シェア拡大を目指す。4時間の充電で100キロは走行可能だといい、電池も最大7万キロ、10年は使用できるという点で高い評価を得ている。 |
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