タイ鉄道新時代へ
【第69回(第3部29回)】中国「一帯一路」の野望その1
タイの鉄道を取り巻く「今」と「歴史」から、この国の今後と周辺国のあり方を考察する本連載は今回から新テーマ。世界の覇権をもくろむ中国政府が進める国家施策「一帯一路」との関係を取り上げる。その一つに、中国南西の最奥地・雲南省から隣国ラオスを経由し、ビエンチャンからタイ・ノーンカーイへと入り、バンコクへと至るインドシナ半島縦貫鉄道網構想がある。かつて世界銀行など国際機関が提唱したこともあったが、あまりの巨大さゆえ実現に至らなかった空前の国際プロジェクトだ。果敢にもこれに挑む中国政府。かたや警戒を強めながらも関係を模索するタイをはじめとした隣接国。その現況と狙いをつぶさに観察していく。(文と写真)
今年4月26日、タイのプラユット暫定首相(当時)は北京の外国要人専用の応接間にいた。習近平国家主席と李克強首相と相次いで会談。この席で、中国企業がラオスで建設を進めている中国ラオス高速鉄道「中老鉄路」と、タイ政府が進める東北部国境の街ノーンカーイとラオス・ビエンチャンを結ぶ「タイ・ラオス鉄道」の接続で合意。両都市の間を流れるメコン川に、新たに専用の鉄道橋を設けることが正式に決まった。実現すれば中国雲南省昆明から陸路ラオスを経由し、バンコクに至る約1650キロの大鉄道網が完成する。それは中国がインドシナ半島のみならずアジア全域に覇権を広げる序章でもあった。
ラオスで新設される中老鉄路は、中国国内と同じ標準軌1435ミリを採用。一方、ノーンカーイを起点にラオス・ターナレーンを結ぶ既設線(全長5.5キロ)の延伸としてのタイ・ラオス鉄道は1000ミリ(メートル軌)。軌道が違うので、そのままでは直通運転は実現しない。そこで新設される鉄道橋は三線軌条となる見通しで、両国境には荷の積み卸しを行うための施設も建設されるとする。同時にタイ・ラオス鉄道の運営を担うタイ政府は、ターナレーンから先ビエンチャンまでの新設区間の事業費として16億バーツを新たに計上。2023年までの完成を見込むとした。
だが、これを額面通りに受け取る向きは少ない。新鉄道橋の建設とは別個にタイ中両政府は、バンコクからナコーンラーチャシーマーを経由しノーンカーイに至る高速鉄道の建設も進めており、すでに第1期バンコク~ナコーンラーチャシーマー間の一部では工事が始まっている。第2期のナコーンラーチャシーマー~ノーンカーイの区間も来年の入札を経て、23年の完工を予定している。つまり、23年までに全ての工事が完了する中で、タイ中高速鉄道と中老鉄路は新設されるメコン川の鉄道橋を経て相互乗り入れが行われる公算が極めて高いと言えるのだ。
だが、国際社会の視線もあるのだろう。現時点においてタイ中両政府とも、この点だけは頑として認めようとしない。あくまでも両高速鉄道は別個の事業計画で、それがたまたまビエンチャンとノーンカーイを挟んで向き合うだけだとする。タイ中高速鉄道が時速250キロの高速で走行するとなれば、安定性から軌道は標準軌の1435ミリでなければならず、軌道でも一致を見る。2つの高速新線の間に、同じ標準軌対応の鉄道橋が新設されるとしてもだ。ここに、中国政府が威信をかけて進める鉄道建設の真の狙いが透けて見える。
陸上の交通路を使ってタイ湾に進出することができれば、フィリピンなどと領有権をめぐって争いが続く南シナ海を迂回することが可能だ。バンコクから先についても、南東に進めば親中国のカンボジア、南に進めばマレーシア、シンガポールへの接続も視野に入る。マレー半島では一度は中止が決まったはずの東海岸鉄道の事業計画が復活し、中国企業が建設を担当することが決まっている。インドシナ半島はまさに中国一色で染め上がろうとしている。
だが、米国が保護主義に傾注する中、中国との一定の関係維持は避けて通れないのも現実だ。タイ、ラオスなどの各国政府もそれは十分に承知の上なのだろう。国際政治は難しいパワーバランスの中でどのように自国の利益を確保するかにある。各国の駆け引きがインドシナ半島縦貫鉄道網構想で始まっている。(つづく)
中国昆明からラオス、タイを結ぶ高速鉄道計画
区間 | 延長キロ | 現況 |
昆明~玉渓 | 約79キロ | 2016年12月に開通。景洪を経てラオス国境モーハンまでの南伸が計画されている。現在は一日4往復で、重慶、北京などを結ぶ。北京までの快速列車は18両編成、約40時間かかる。 |
玉渓~景洪~磨憨(モーハン) | 約510キロ | 昆明に南接する地級市が玉渓。景洪を経由、ラオス国境のモーハンへの約510キロが現在建設中。完成は21年中を予定。山岳地帯が続き、タイ族と祖を同じくする「傣族」が多く暮らす。 |
ボーテン~ビエンチャン | 約420キロ | 開業後の採算不明の中、中国最大の国営インフラ企業「中国中鉄股份有限公司」が事実上の建設主体に。総事業費は約60億米ドルで中国側が7割負担。21年中の開業目指す。 |
ビエンチャン~ノーンカーイ | 約20キロ | 4月の一帯一路フォーラムで中国・タイ・ラオス3国が覚書締結。ビエンチャンとノーンカーイを結ぶ新線建設で合意。タイ国内の新線及びラオスの中老鉄道とも接続する。23年完成予定。 |
ノーンカーイ~ナコーンラーチャシーマー | 約355キロ | 中タイ高速鉄道事業の第2期工事区間。総事業費は2000億バーツ超の見込みで、うち85%を中国や国際機関から調達する計画。20年半ばにも入札の見通しで、23年完成予定。 |
ナコーンラーチャシーマー~バンコク | 約253キロ | タイ中高速鉄道の第1期工事がこの区間。17年末に一部で着工。21年内の開業を予定。工事は14工区に分け、総事業費は1790億バーツを見積もり、うち8割を国内調達する。 |
総延長(昆明~ビエンチャン~バンコク) | 計約1650キロ | 中国昆明からラオスを経てバンコクを結ぶ一大国際鉄道網計画。中国一帯一路の基幹政策。昆明から先はすでに整備を終え北京までの鉄路がある。既設線を使ったバンコクからの南伸も視野に入れる。 |
(2019年9月号掲載)