タイ企業動向

第49回 「波紋もたらす米タイ農薬対立」

全く別個のものに見えるいくつかの事実が、時に水面下であるいは地中深く結びつき、一つの事実を形作っていることがある。それを感じさせる出来事だった。米通商代表部(USTR)は来年4月25日から、タイに認めていた一般特恵関税制度(GSP)について一部停止すると発表。タイの水産業などでミャンマー人らを対象にいわゆる奴隷労働が行われ改善されていないことなどを挙げた。一方で、タイ政府の危険物質委員会(NHSC、委員長スリヤ工業相)は12月から予定していた除草剤など危険農薬の使用全面禁止を一転して撤回すると表明。これにより農薬の継続使用と、使用した農産物の輸入が事実上の野放しとなることが確定した。ともに関わっているのは、米国第一主義を掲げるトランプ政権。国家間の駆け引きは、企業活動や国民生活へも影響を与えている。 (在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

これら二つの事実が一つに収斂されていく背景には、二つの伏線があった。一つ目は2017年以前から激しさを増していた米国産豚をめぐるタイ政府との貿易交渉。ここでタイ側は、米国産の豚はその育成過程で飼料添加物のラクトパミンが使用されていることを問題視。輸入には応じられないとした。同添加物は動物の筋肉の成長を促進させる薬剤。飼料に混入させることで家畜の体重が増えるほか、赤身肉の割合が向上。結果として飼料の消費量を抑制することができる。  ラクトパミンをめぐっては、欧州で2000年以前にこれと化学構造が似た別の薬剤を使用した豚をめぐって食中毒が発生。欧州連合(EU)が系統を同じくする飼料添加物全てを包括的に禁止した経緯がある。ところが、米国やカナダ、オーストラリアなどでは基準以下であれば人体に影響はないとして、現在も広く使用されている。これに対し、タイはEUなどと足並みを揃える。トランプ政権としては、豚消費量の多いタイで新たな販路を拡大したいという目論見があった。  もう一つの伏線は、今年初めに明るみとなった2018年通年の米タイ間における貿易収支だった。この年、タイから米国への輸出総額は約319億米ドル。一方、米国からタイへのそれは約126億ドル。その差約193億ドルが米国側の貿易赤字(タイの貿易黒字)となることが判明したのだった。この傾向は19年も変わらず、上半期だけで黒字幅は対前年比5%以上も上昇している。日本の18年の対米黒字約232億ドルと比較しても、米側の不満が高度に蓄積されていたことが想像される。  そこに降って湧いたのが、タイ国内における農薬3種の使用見直し論議だった。政府は今年初め、人体に影響があるとされた除草剤のパラコート、グリホサート、殺虫剤のクロルピリホスの使用の可否について検討を開始。農家への影響が大きいと、いったんは2年間の経過使用を認めたものの、7月の連立新政権誕生で事態が急変。一転して年末12月1日から全面禁止することが決定した。  決定には、連立政権でキャスティングボートを握る中堅政党プームジャイタイ党(タイ名誉党)の意向が強く働いた。政策として強硬に主張する同党。政権を主導する国民国家の力党としては連立を維持するためにはやむを得ないとしてこれに応じる姿勢を示したのだった。  ところが、これに猛反発したのがトランプ政権だった。決定を受け、米農務省は直ちにプラユット首相宛に書簡を送付。これら農薬3種の使用を禁止した場合、タイの農家の経営コストが上昇して農業競争力に陰りが出るほか、農薬を使って栽培している米国産の小麦や大豆、コーヒー豆やブドウなどの輸出ができなくなり、タイの産業や消費にも打撃を与えるという内容だった。  それだけではなかった。冒頭にもあるようにUSTRは10月下旬、タイに対するGSPの特恵適用を一部除外すると表明。20年4月25日をその実施時期として通告してきたのだった。全くの寝耳に水のタイ政府。その理由とされたのが、タイでこの10年来、指摘され続けてきた「違法・無報告・無規則(IUU)漁業」などのいわゆる奴隷労働だった。  奴隷労働とは、タイ水産業の現場でミャンマー人やカンボジア人らが使用者に酷使され最悪の場合、命を落とすケースが相次いだことだ。EUをはじめとした先進各国が問題とし、タイは海産物の全面禁輸につながるIUU漁業指定の前段階である警告を受けた。だが、その後の取り組みで事態は改善。19年1月には解除の認定を受けている。米国のGSP一部除外は、農薬3種規制に対する明らかな報復と映った。

こうした中、足下のタイ国内では農薬禁止に反対する農家組合らが中央行政裁判所に決定の破棄を求める訴えを起こすなど政権不安も徐々に増してきた。製糖関係団体も砂糖産業に最大で1500億バーツの損失が発生すると揺さぶりをかけている。政権幹部の発言が徐々に変化をしていったのは、ちょうどこうした時期からだった。  10月末に新たにNHSCの委員長に就いたのが、国民国家の力党の党首を務めるスリヤ工業相だった。同氏が全面禁止の撤回を決めたのは11月27日のこと。農薬3種の全面禁止から1カ月以上が経っていた。工業相は黙して語らないが、米国による圧力へを考えなかったと言えば嘘になるだろう。それ以上に政権率いるプラユット首相ら最高首脳の意向が働いたとは想像に難くない。影響は間もなく企業活動にも小刻みに波及するものとみられている。(つづく)

2020年01月01日掲載

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