タイ鉄道新時代へ
【第78回(第3部38回)】中国「一帯一路」の野望その10
ラオスの首都ビエンチャンから中国国境ボーテンを経由し雲南省昆明に至る「ラオス中国鉄道(中老鉄路)」の建設工事は現在、全体の進捗率が約80%。1月以降、中国からの労働者派遣が困難となっていたが、両国の感染症対策が効果を上げ、4月下旬に入り工事を再開。通常体制に復帰した。北部ルアンパバーン県では、最大の懸案だったメコン川を渡河する全長約1500メートルに及ぶ大型橋の設置が完成し弾みを増している。ビエンチャン周辺では始発着駅としての整備も進み、タイ国内で計画されるタイ中高速鉄道やメコン川を渡るタイ・ラオス鉄道との接続論議も活発となっている。間もなくカウントダウンの開始。今回は、これらタイ側との接続構想について取り上げ、中老鉄路をめぐる連載内連載はいったん終了する。
(文と写真・小堀晋一/デザイン・松本巖)
「お客様にお知らせします。ビエンチャン発北京行超特急は〇番線、北京発バンコク行超特急は△番線です」――。2016年に建設の始まった中老鉄路。21年12月2日のラオス46回目の建国記念日に合わせ、全線で完成を目指している。進捗率が8割台に達したこの頃は、将来的なタイ側との接続論議にも花が咲くようになった。関係各国の中でも国家政策「一帯一路」を推し進める中国が目指すのが、陸上を通じたタイ・バンコクへの全線乗り入れ。近い将来、鉄道駅のこんな場内アナウンスが聞かれるかもしれない。 2019年4月下旬、タイのプラユット首相は中国北京にいた。習近平国家主席や李克強首相と相次ぎ会談。タイ、ラオス、中国の3か国が協力しての鉄道開発をめぐって覚書を交わした。それによると、中老鉄路とは別にタイ東北部ノーンカーイからビエンチャンに向け新線となるタイ・ラオス鉄道を建設。メコン川にはタイ・ラオス第1友好橋の約400メートル下流に鉄道専用橋を架け、二国間をつなぐ計画とされた。 ラオス側には荷の積み替えが可能な物流施設も整備。中老鉄路で採用される標準軌(1435ミリ)と、タイ国鉄線で運用されている1メートル狭軌が相互乗り入れ可能な三線軌条とすることも盛り込まれた。鉄道橋はタイとラオスが建設費を折半。中国が技術供与を行う。完成は当初23年とされた。
話がこんがらがるので整理しなければならない。完全な中国主導で進む中老鉄路と、中国が技術指導するタイ・ラオス鉄道、さらにはタイ国内で中国が建設を支援し将来的には資金供与も可能性があるタイ中高速鉄道。この3つの鉄道は、本来は別個に計画され、建設主体も予算措置も別物だ。 だが、共通して中国が関与していることや起着点が相互に隣接していることから折に触れ、または利害関係国の都合に合わせてさまざまな解釈や発言が繰り返されている。計画が一貫していないように見られるのもそのためだ。 このうち、中老鉄路とタイ中高速鉄道は出自も目的も全く異なる。前者が中国の意向で設計から建設まで一貫して進められているのに対し、後者はタイ国内の複数あった高速鉄道網計画の一つとして立案。入札や事前調整の結果、バンコク・ノーンカーイ区間(約608キロ)を中国企業が請け負うことになった。他に日本企業が交渉権を得ながら事実上棚上げとなっているバンコク・チェンマイ区間などがある。 ところが、建設費の負担や拠出方法をめぐって中国側との交渉が難航、タイ側は単独出資に切り替えることに。国土開発を優先したいタイ側の意向があった。しかし、工事は遅れに遅れ、現在の進捗率は2~3%。完成が見えているのはナコーンラーチャシーマー県内のわずか3.5キロだけだ。資金の国内調達も不調に終わり、中国からの借り入れが現実味を帯びている。現時点で完成は25年と見込まれている。 一方、ラオス・タイ鉄道は既存のノーンカーイ・ターナーレーン線をビエンチャン方面に延伸する計画としてそもそも持ち上がった。中老鉄路との接続が持ち上がった時に三線軌条が触れられたのもそのためだ。19年7月には遅まきながら両国間で調印が行われ、予算16億バーツが計上されている。翌月にはターナーレーンからタイ東部レムチャバン港までの一貫輸送も始まり、ラオス側の輸出拠点の整備が一義の目的だった。 だが、次第に輸送力で勝るタイ中高速鉄道との相互乗り入れの方向で議論は進んでいく。音頭を取ったのが中国にルーツを持つソムキット副首相だった。3か国で合意したメコン川の専用橋も現在は標準軌での検討が中心となっており、ノーンカーイまで同軌で整備されるタイ中高速鉄道との接続も当然視野に入る。こうして、3つの高速新線は一つに束ねられることとなった。背後に中国の存在があったことは間違いがない。念願の「一帯一路」の完結だった。
(この項おわり。次回から新テーマ)
20年6月1日掲載