タイ企業動向
第64回 「新型コロナ感染タイ国内の記録⑫」
ミャンマー国境からの感染をきっかけに広がったタイの新型コロナウイルス感染第2波は、予想を遙かに超えて制御が進んでいる。3月1日からは感染源の西部サムットサーコーン県を除いた全域で規制緩和が実施され、飲食店での店内飲食や酒類の提供が再開されるようになったほか、バーやパブなどの営業も認められた。一方で、待望の新型コロナ用ワクチンが中国や欧州から到着し、アヌティン副首相兼保健相が早速接種に臨むなど、年内に全国民の半数の接種完了を目標とする。4月半ばに予定される旧正月(ソンクラーン)でも、2年ぶりとなる開催をどのようにするかの協議も進む。ようやく出口の見えて来たタイの新型コロナ。丸1年にわたった企画内連載も今回で一区切り。 (在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)
「新型コロナで職を失った息子や娘が田舎に帰ってきた。老夫婦には辛くなってきた農業を手伝ってくれるんだから、何も言うことはないよ」。こんな感想を口にして目を細めるのは、北部チェンライ県で日本米を栽培する稲作農家のトムさん。5年ほど前にバンコクに働きに出た息子と娘が新型コロナによる営業規制で相次いで職を失い、故郷に帰ってきた。娘には4歳になる女児がいて、トムさん老夫妻が代わりに面倒を見てきた。久しぶりの家族団らんに、コロナ禍で訪れた喜びを静かに味わっている。 東北部(イサーン地方)のローイエット県でジャスミン米を栽培する農家のブーンさんも同様だ。地元の高校を卒業後間もなく家を出て、東部パタヤの繁華街で働いていたのは娘のノックさん。新型コロナで職を失い、約10年ぶりに実家に戻って農作業を手伝っている。パタヤでは2度にわたる広範囲なロックダウン(都市封鎖)で飲食店や娯楽施設が相次いで閉鎖。多くの店が廃業した。地元観光業界によると、今年1月の域内総生産は前年同期比99.4%の減。壊滅的な損害を被って、多くの従業員らがこの地を去った。 小学生に成長した孫を代わって育ててきたのがブーンさん夫妻だ。娘が毎月送っていた1万バーツほどの仕送りはなくなったが、農作業の人手が増えたこともあって今年は前年以上の収入を見込んでいる。諦めていたモチ米の栽培を復活させたのだ。ノックさんも以前のように消費をしなくなったと話す。「収入は減ったが、使うことがなくなった。田舎にいれば飢えることはない」と語った。 国家経済社会開発委員会がまとめた2020年のタイの実質国内総生産の成長率は前年比マイナス6.1%。90年代末の通貨危機後で最低となった。今年も低い伸びが予想されている。新型コロナは確かにタイ経済に深い傷跡を残した。だが、地方の農村では労働力が一部で回復したほか、市場を通さない食料の融通など助け合いも進んだ。「困った時に支え合うタイらしさが再確認された」とブーンさん。コロナ禍がもたらしたもう一つの側面だ。(数値などは3月13日時点。この項おわり。つづく)
21年04月01日掲載
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