タイ企業動向
第32回 タイのヤミ金融撲滅の動き
タイに進出する多くの日系企業にとって、仲間のように、時には家族のように力になってくれるのが雇用するタイ人従業員。伝統的な文化や受ける教育も異なるというのに、商慣習や言葉の壁を乗り越え、貴重な戦力となっている。ところが、そんな日本式の価値を共有できていながら、ついつい度を超えてしまう買い物や浪費。気づいた時には給料の数倍にもなる借金を抱え込んで、ヤミ金融に手を染めてしまうケースが後を絶たない。そんな家計債務が経済の足かせとなり、企業活動の不安にもつながっているとして、政府がヤミ金融撲滅に動き出している。政府系金融機関も巻き込んでの支援キャンペーンが今回のテーマ。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)
日系企業が多く集う東部チョンブリー県。ここで工業向け部品を生産している某日系企業の日本人MDの男性A氏は、先日起こった〝事故〟が夢であってほしかったと思ってならない。タイに進出後、事実上の右腕となって事業拡大に励んでくれたタイ人チームリーダー。信頼も厚く、家族同然で接してきた彼が会社の原材料をヤミ市場に横流しし、その代金を着服していたというのだ。被害金額がそれほど大きくなく、深く反省しているため警察沙汰とはしなかったというが、話を聞いてみて驚いたのは、消費社会に翻弄されたタイ人消費者の金銭感覚だった。
肩書きこそチームリーダーとはいえ、高度な技術があるわけでもなく、彼が受け取っていた月給は約2万バーツ。二つ年下の奥さんも工員として働いており、二人合わせて約3万バーツというのが1カ月の収入だった。自宅は工場から車で15分ほどというローカルエリア。ホンダ製の中古バイクを二人乗りして、仲睦まじく出勤する姿が印象的だった。毎月の収入の中から、イサーン(東北部)に住む二人のそれぞれの老親への仕送りも欠かさなかった。
最初の変化があったのは、奥さんが働き出して約3カ月が経ったころだった。二人は突如、新品のスマートフォンを手にするようになる。それまで持っていたのは、かろうじてSNSが送信できるだけの古いノキア製の携帯電話。この工場でも近ごろは、休憩時間にスマホに興じる従業員の姿が目立つようになっており、A氏も流行に乗り遅れまいとする二人の「ちょっとした背伸び」程度に思っていた。
ところが、約半年後、今度はチームリーダーの彼が中古の日本車を購入して、奥さんとマイカー通勤するようになった。数十人いるタイ人従業員とその家族の中でも、自家用車を所有しているのはごくわずか。まして自分専用にマイカーで通勤ができるのは、親が地方の裕福な農家だという数人しかいなかった。スマホにマイカー、購入原資は全てが借金だった。
さらに驚いたのが、これら購入品のローン返済額が総額で月1万バーツ近くに上るということだった。イサーンの両親二家族には毎月それぞれ数千バーツずつを送金していた。家賃を引けば、手元に残るのはごくわずか。食費や雑貨などで足が出ると決まって頼ったのは、電信柱などに糊張りされた「お金貸します」などと書かれたヤミ金融からの借金だった。
タイの金銭消費貸借は法律上の上限が年15%と定められている。ところが、これらヤミ金融が取り立てるヤミ金利は月20~30%。上限金利の16~24倍もの開きがあった。中には1日あたり20%の暴利をむさぼるヤミ業者もあるという。二人も当然のように返済に行き詰まり、夫は会社の原材料を横流しする犯罪に手を染めた。
政府は、ヤミ金融をめぐるこうした家計債務が、回復基調にあるタイ経済への足かせになっているとして、多重債務者となりやすい農家や低所得者向けの支援事業を次々と展開している(一覧表参照)。2015年にはヤミ金融利用を抑制する目的で、全国展開可能な小規模金融システム「ナノファイナンス」を運用開始。貸付限度額は10万バーツ、金利上限は年36%と法定金利よりも割高だが行政指導で実際は低めに運用させた。また、16年末からは上限が5万バーツという、さらに規模の小さい「ピコファイナンス」の導入も実施して、ヤミ金融業者の正規業者への転換も促している。17年末現在、ピコファイナンスの融資残高は約2億2000万バーツ。一口あたりの貸付額は約2万5000バーツで、不良債権は約2%に止まっている。
一方で、ヤミ金融に対する取り締まりも強化している。ところが、下町や農村に深く潜り込んでいるヤミ金融の実態把握は難しく、全容はつかめていない。ほとんどが債務者から召し上げた携帯電話のみで営業を行い、出資者や首謀者、規模などは一切が不明。警察力が乏しいこともあって、イタチごっこが続いているという。(つづく)