タカハシ社長の南国奮闘録
第57話 事業継承
8月のある日、シーラチャの自宅前の公園で、ご近所さんや仲間たちと納涼祭りを行った。その日は偶然、中国暦でも大切な日だったらしく、朝から爆竹が響き渡っていた。
日本でいう盆踊りのような、今ある全てに感謝をして豊作を願う気持ちでテーブルを囲んだ。会話の中心は企業経営や今後の展開など様々で、とても意識が高く学びの深い場となったので内容を記しておきたい。
その日、たまたまバンコクから来られたご婦人から、企業経営をしている旦那様の話を聞かせていただいた。なんでもその方は印刷物の見た目、匂い、感触でその種類や品質を瞬時に見極められるほど印刷に精通されているとか。なるほど、その道を極め、魂を込めているからこそ事業が育ち、発展していくのだと皆で共有した。今後、私自身がものづくりを極めることが事業発展の鍵になるということを教えていただいた気がした。
次に事業の運営について。30年以上の経営を実現するには、会社を維持運営する能力が備わっていなければ難しい。特に組織運営や教育など、ここタイで働くスタッフのマネジメントは日本とは比べ物にならないほどの難しさがある。同業の先輩によると、ベースとなる信頼関係を結ぶのに10年かかり、そこから社員と一体になりようやく黒字化したとのことだった。
資金繰りに関してはさらに日本とは条件が異なり、たとえ大手でも担保がないとまとまった資金の借り入れはできないのが基本だ。日本の親会社に依存できる子会社とは違い、タイ単独での資金調達は至難の技である。これらをクリアしている日系企業は人・物・金のバランスを徐々に整えた企業であり、抜群の経営感覚と覚悟が備わっている。タイで唯一の救いは、日本よりも経済を押し上げる力があり、経営環境が昔の日本並みに良いということだ。
最後に継承について。タイにおいて日本人がM&Aではなく事業継承を行っている会社はまだ少ない。ローカル企業化せずに世襲となると、もっと少なくなるだろう。私の尊敬する先輩は常々こう仰っている。
「創業、経営、継承、三拍子揃って一人前の企業だ」
長く続く企業は良い会社だと言える。長く続くのには理由があり、その代で終わってしまうのにも理由がある。
後継者育成は、社長になった時からの重要課題だ。なぜなら社長がいなくなったら成り立たない会社では事業の継続が困難になるからだ。そして継承した後、二代目以降も第二次創業するぐらいの逞しさがなければ半世紀を迎えることはできない。ましてその道を極めていなければ事業を組み立てられない。
大半の企業がオーナー経営なので世襲という形にならざるをえないが、その次世代を育てられる経営者でなければ、継いだところで三代目の頃には会社は苦しい状態になっているだろう。
何代にも渡って経営が引き継がれている企業の創業者は、必ず「つぎ(継)」を考えている。理念や半端ではない想いが会社に染み渡り、結果的に長く続く。そのような企業も少なくはない。
タイを本拠地とする企業の世襲、事業継承はオーナー経営者の次の課題になるだろう。