泰日工業大学 ものづくりの教育現場から
第75回『タイの洪水対応策』
タイでものづくり教育を進める泰日工業大学(TNI)の例をもとに、中核産業人材の採用・育成について検討します。本稿では前号に続き、タイ政府の治水委員を務め、水資源工学の専門家であるチュラーロンコン大学のスチャリット准教授(講演時はTNIの親機関である泰日経済技術振興協会(TPA)会長とTNI副理事長も兼ねる)によるタイの洪水対策について紹介します。前号では2011年の大洪水を振り返り、大洪水後の対策を紹介しました。本号ではこれに基づき、今後の計画と再発防止の可能性の有無などを具体的に検討します。
3. タイの水の課題-洪水と干ばつの繰り返し
①タイにおける水資源管理は、次の6つの問題がある。
- 急激な人口増加及び都市圏拡大にも関わらず、貯水施設の開発が進まず、著しい水の供給不足が生じている。
- 気候変動により通常の降雨量が変動し、干ばつと洪水が頻繁に(約3年に1回の割合で)生じている。
- 水供給システムや水路の劣化により50%の灌漑用水の損失が生じている。
- 1日平均400リットルに及ぶ主にバンコク及び周辺地域の水の無駄遣い(地方では1日平均122リットル)
- 非効率な水量計に関する管理システムにより水供給システムにおける大きな損失を招いている。
- 国家レベルでの水資源管理における、法律、規則、実施機構の一貫性の欠如。
②これからの水資源開発における重要課題は次の3点になる。
- 水資源法令の制定
- 持続可能な水資源管理
- 組織、管理運営、関連法、規則等の強化
4.タイの新たな方向性と危険性
- タイ政府は中所得国の罠を脱し、将来のタイのGDP成長率の目標を5~8%に立てているが、洪水・干ばつの水資源管理とエネルギー問題を解決し、持続可能な開発目標と安全保障を策定しつつある。
- 水の安全保障5段階の国際基準
①生活用水の安全保障(水道水の利用可能、下水設備の改善、衛生)
②経済用水の安全保障(農業用水の安全、エネルギー用水の安全、広域経済)
③都市部の水の安全保障(水の供給、下水処理、干ばつ・洪水、河川の健康状態)
④環境に関する水の安全保障(河川の健康状態、治水の改変、環境管理)
⑤水に関連した災害からの回復力(洪水と暴風、干ばつ、高潮と沿岸洪水)
➡以上は、世銀やアジア開発銀行の水資源安全保障基準であるが、タイはこれらの総合指数では2の段階である、一方、中国やマレーシアは3、日本、シンガポール、オーストラリアは4に位置する。
- 経済成長と気候変動による影響に関し、不確実な将来のリスク管理を見ると、新たに水資源の確保の点で、地図の赤の地域がリスク大と言える。
5.国家戦略計画 (20年)
- 安全保障:水の安全保障 (レベル2から4まで引き上げる)
- 開発:水の生産性 (現在の10倍に高める)(複合的、革新的な開発とともに実施)
- 持続可能性:水資源の管理
○経済:生活の質を向上、環境への負荷低減、競争力、人的資本の開発
○環境:環境収容能力、環境基準
○社会:対処能力、信頼関係の育成、次世代のために
- 弾力性:50%損害削減 (仙台宣言)
➡これらについて閣僚会議で法律として国家戦略計画法を決めた。
6.新たな視点、知識、手法、ネットワークの必要性
- 水道、農業、工業についてビジョンの共有のもと、異なる開発段階(都市、地方)に適応する様々な手法を開発
- 知識:相互作用、 相互接続、学際的(領域横断的)
- 手法:技術的、経済的、社会的
- ネットワーク:国内、地域、世界
- その他、以下を計画・検討している。
- バイパス排水人工水路 (都市のための計画):タイ政府はチャオプラヤー川の最大流量4275m3/sを計画しているが、JICAはそれ以上の検討を提案
②地方と都市の水資源計画
③地方発達段階
- 生活のための農業(地方は都市と共存、生活のための水)
- 商業的農業(地方は都市に依存し、緩衝にもなる。開発のための水資源)
- 複合的収入資源(地方は良い農業製品、観光サービス、情報技術を活用した共同販売を通して都市へサービスを提供する。サービスのための水資源)
- 革新的開発モデル(地方はグリーン製品やサービス、バイオベースの小規模産業を通して都市を支援する、グリーン生産方式:地方で生産できる、森林確保のための水資源)
④新しい手法
法律と規則 (全国規模、問題ベース、地域ベース、国際社会)
- 予算 (政策、中央機関、地域、地方)
- 開発のための奨励金
- 税金
- ソーシャルネット
- 技術・経験移転のための広域・国際連携
⑤局地的な洪水・干ばつ:
タイは太平洋、インド洋に影響を受けて気候と風などを予測。
⑥水資源管理と気候変動に関するASEANネットワーク:2年に1回アセアン意見・経験交流を図っている。
7. 学んだ教訓と洪水再発の可能性?
- 水資源マネジメント力の向上、しかしまだ安全確保と言えない
- 低い生産性と高い損失
- 円滑でない社会の交流
- 多くの変動要因とリスク
- 将来の開発計画のための慎重な検討の必要性
- 最新手法と社会による理解の必要性
8. 質疑応答
- タイの洪水など、ネット情報で調べられるか?
➡ www.thaiwater.net / www.tmd.go.th / www.rid.go.th で情報が得られる。
2850m3/s以上になるとアユタヤ地域は洪水の可能性がある。
- 2011年の洪水はなぜ発生?政治の問題もあったのか?アユタヤ工業団地などは情報が遅れ、朝になって情報が入る状況だった
➡5月の時点ではダムの貯水が少なかった。8月は灌漑も含め貯水・排水の決断時期であったが、8月22日にインラック首相は政権につき、管理開始したのは9月3日であった。水管理は各地区の担当権限で、自分の地区に水を入れず、メナム(チャオプラヤー川)に水を流していた。中央管理でなく各地の田畑情報も分からず、今はルール化している。
- タイ人と日本人へのTPA社会人教育について
➡階層別に各種コースがあり、またムックなどの通信教育もあり、配布資料とウェブサイトをご参照ください。