タイ鉄道新時代へ
【第71回(第3部31回)】 中国「一帯一路」の野望 その3
インドシナ半島からタイ湾、さらにはインド洋へと覇権拡大を目指す中国の国家プロジェクト「一帯一路」。その大きな柱となるのが、中国南西の最奥地雲南省から隣国ラオスを経由し、タイに至る高速鉄道計画だ。このうち省都昆明から景洪を経て、ラオス・ビエンチャンに達する「中老鉄路」は全長1000キロ。ラオス国内だけでも414キロを縦断し、タイ東北部ノーンカーイでは中国出資で新設するタイ中高速鉄道と接続することが決まっている。すでに建設は大詰めを迎えており、ラオスで46回目の建国の日を迎える2021年12月2日には全線で開業の見通しだ。小連載の今回は、中国・ラオスの鉄道国境地帯を概観する。
タイ族の故郷として前回紹介した雲南省シーサパンナ(西双版納)タイ族自治州の中心地・景洪から南東に約185キロ。ラオスの自動車ナンバーを付けた大型バスは、片側2車線の近代的な高架道路を猛スピードで進んでいく。周囲は深い山脈がどこまでも続く山岳地帯。対照的にほとんど目にすることのない車の列。ここは、中国政府がラオス国境に向けて威信をかけて建設した「小麿公路」。総事業費は約6400億元(約9兆6000億円)。2007年末に完成した高速道路だ。 バスは途中、人気の全くないパーキングエリアに止まった。トイレに行けと、中国人運転手が顎でしゃくる。ピカピカに磨かれたトイレは中国国営企業社製の白色陶器で輝いており、洗浄も自動だった。数百台は駐車ができそうな広い敷地はがら空きで、売店やレストランなども一切ない。開業から10年以上が経っているというのに、ただ無意味に時を刻んでいるという印象しか浮かばなかった。 中老鉄路の橋桁やトンネルも、小磨公路とほぼ平行にラオス国境を目指している。高速道路上から建設現場が眺望できるかとも思ったが、山が深くて叶わなかった。それでも、どれだけの山岳地帯を高速鉄道のトンネルが通貫するかだけは、肌身で感じ取ることはできた。午前7時に景洪を発ったバスは勐腊(モンラー)という小村を経由し、4時間余りをかけて国境の街・磨憨(モーハン)に到着した。 走行していた小磨公路は、いつの間にか階下を走る一般国道の213号線と合流していた。「着いたぞ」と運転手が低く呟いた先では、国境越えを目指す大型トラックが1.5キロほどの車列を作っていた。そのままバスに乗車して国境手前まで移動することもできたが、ひとまずそこで降り、徒歩でゲートを目指すことにした。道の両側には、飲食店や土産物店、小規模なホテルなどが建ち並んでいた。 国境に向かうその一本道は「東盟大路」と言った。「東盟」は中国語で東南アジア諸国連合(ASEAN)を意味し、「大路」は道路(通り)を表した。日本風に言えば「アセアン通り」となるのだろう。中国にとっては、ここがアセアンへの入口。「一帯一路」の玄関口と宣言をしているように感じられた。 出国手続きそのものは難なく終わった。こんな山奥のイミグレーションだというのに、中国人向け自動化ゲートが存在するのに驚いた。将来の通行量増加を見越してのことだろう。出国施設を出て振り向くと、高さ20メートルはあろうかという巨大なアーチ。「中国磨憨口岸」と赤字で大きくあるのが目に付いた。 ラオス側入国ゲートまでは600~700メートルの道のりだった。ツアー客でない旅行者は、ここを徒歩で進まなければならない。おまけに、舗装の傷んだボロボロ道。300メートルも進むととうとう未舗装となって、辺り一帯は赤土が原因の濃い砂煙で視界は激しく遮られた。引っ切りなしに往来する中国の大型トラックが巻き上げたものだった。 「磨丁特区 歓迎」の看板が砂埃の彼方にかすかに見える。その左手にはラオスの入国管理施設。さらに左奥にかすんで見えるのが、建設中のホテルや商業ビルだった。遠くから見ただけでも20~30棟以上は立ち並んでいるのが分かる。ラオス・ルアンナムター県ボーテン村。人口数千人ほどの小さな村に不釣り合いな街並みが広がっていた。 「磨丁特区」とは、ラオス政府管理下の経済特区国家管理委員会が国境貿易の活性化を目的に2003年末に設置を決めた「ボーテン国境経済特区」のことだ。だが、同特区は資金難から開発が行き詰まり、工事を担当していた「Hong Kong Fuk Hing Travel Entertainment Group Ltd」は12年に撤退。株式の大半は中国雲南省の国営企業「Yunnan Hai Cheng Industrial Group Stock Co.,Ltd」に売却され、以後は中国企業が開発を請け負っている。ラオスにあって、中国一色のエリアだ。 入国ゲートを越えてラオス国内の土を踏んだ。一面に見聞きされるのは、むき出しの赤土と唸る重機の重低音。至るところに中国語の看板も見える。とうとう、やって来た。「一帯一路」の始まりだ。(つづく)
2019年11月1日掲載
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