タイ鉄道新時代へ

【第72回(第3部32回)】中国「一帯一路」の野望その4

中国雲南省の省都昆明から山岳地帯を縫うように走る全長1000キロ余りの高速鉄道「中老鉄路」は、中国側国境磨憨(モーハン)を超えるとラオス側ボーテンの街に進入する。山々が車窓のすぐ近くにまで迫っていた光景は国境地帯を境に一気に変化をし、殺伐とした赤土の荒野が広がる異次元空間へと変わる。ここはラオス。しかし、伐採された山林を重機を使って整地し、不釣り合いな高層建築物の建設を行っているのは軒並み中国のインフラ企業。付近一帯の開発エリアの名も中国語で大きく「老挝磨丁经济(経済)特区」とあるばかりで、ラーオ語はわずかに小さく見えるだけ。中国一色で埋め尽くされたボーテンの街。中国の国家政策「一帯一路」のラオス側玄関口だ。 文と写真・小堀晋一/デザイン・松本巖

「ルアンパバーン行きVIPバスがあるよ。えっ、ルアンナムターに行きたい? それなら400元(ユアン)だ」。ラオス側入国ゲート超え、赤土の国土を踏んだばかりの記者(筆者)に英語で声を掛けてきたのは、ラオス人と思われるバスの手配師。片道400元は1700バーツ(約6000円)を優に超える。バックパッカーなどの旅行者にでも見間違えたのだろう。明らかにふっかけようとしているのが分かる。値段交渉はもっぱら中国元で行われ、ラオスキープは二次的な扱い。いかに中国からの流入客が多いかも実感することができた。  辺りは見渡す限りの一面の荒野で、掘っ立て小屋に似た粗末なチケット売り場がポツンとあるだけ。バスを待つ待合所や日除けもなければ、小腹を満たすための売店もない。そんな場所に、タイ語でロットゥーと呼ばれるバンタイプの小型バスが40~50台以上も集まって、土埃を上げて客を求めている。新たな中国人客向け市場が生まれようとしていた。  500メートル~1キロ先では、大型重機がうなり声を上げてホテルや商業施設といった高層ビルの建設が急ピッチで進められている。どのビルにも青地に白抜きの文字で「一帯一路」の国家スローガンが表示され、中国当局の監視の下で建設が進められていることが分かる。付近を散策してみたが、工事現場周辺で働くのは、もっぱら中国本土からやって来た中国人。タイ語に似たラーオ語が通じた作業員はわずかしかいなかった。

この国境エリアを山肌に沿う形で運行するのが、首都ビエンチャンの先メコン川でタイ中高速鉄道に接続される中老鉄路だ。現在、ボーテン一帯の橋脚造りはほぼ完成し、国境のトンネル部(約10キロ)の開通工事についても大詰めを迎えている。中国側磨憨とラオス側ボーテンには国境イミグレーション駅が設置され、これらの駅で出入国管理が行われることになっている。  ところが、この場所で今年4月、開業の遅れを懸念させる建設上の問題が浮上したことがあった。国境直下のトンネル部10キロはラオス側が約2.5キロ、中国側が約7.5キロ。2017年5月に始まった掘削工事現場で大規模な岩塩鉱床が発見されたのだった。かつて、ここが海底でその後隆起したことをうかがわせるものだが、塩分を多量に含むとなると通常の外壁工事ではトンネル内部が腐食して耐久性に問題が生じてしまう恐れがあるとされたのだった。  そこで、この工事区間を請け負っている中国最大の国営インフラ企業「中国中鉄股份有限公司」の第5局はいったん工事を中断。約4カ月をかけて入念な地質調査を実施して、このほど工事の再開に踏み切った。現在、特殊な溶剤を混入したコンクリートを吹き付ける手法などで、国境トンネルの早期完成を目指している。現地の工事担当者に確認したところ、当初見込みの年内を若干超える、遅くとも来年年初には完成の見込みだという。

一方、ラオス政府は建設工事の進捗もさることながら、一日あたり約2万人が従事しているとされる中老鉄路の建設工事について、これまで以上のラオス人の雇用を再三にわたって求めている。中国企業の建設手法は、労働力はもとより、資材、重機、食料、労働者の住居、労災病院まで一切を中国国内市場で調達、ラオスまで陸路輸送する方法を取っている。このため、ラオスの民間資本が恩恵を受ける機会が格段に乏しく、政府や中国企業に対する不満が高まっているのだという。  こうしたことから同政府ではさらなる要望をまとめ、数次にわたって中国政府に書簡を送ってきた。だが、公共事業省の担当者によると、いずれも効果は依然少なく、ラオス人の雇用は建設本体工事の周辺事業にとどまるなど最大でも4000人程度。中国の国家戦略「一帯一路」は小国ラオスのささやかな要望も飲み込んで、まっしぐらに突き進むのであった。 (つづく)

2019年12月1日掲載

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