タイ企業動向
第51回 「特定技能による日本就労を目指すアセアン各国の動き」
日本での「就労」を目的に、2019年4月から運用の始まった新在留資格の「特定技能」制度。出入国管理庁によると、同資格で日本国内に在留する外国人は昨年末現在1621人。前回集計だった9月末時点の219人から急増したものの、当初見込みの最大4万7550人には遠く及んでいないのが実情だ。充足率はわずか3.4%。その背景に、試験に出題される日本語の難しさが挙げられる。だが、それでも試験を目指すアジア各国の人々の意欲はなお旺盛で、今年もさらなる挑戦が続くとみられている。こうした中、各国では政府が本格的な教育支援に乗り出すほか、企業も積極的な取り組みを始めている。本稿では、ミャンマーとタイを事例に、特定技能制度創設をきっかけに活性化する日本就労を目指す動きをお伝えする。
(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)
東南アジア最後のフロンティアとされ、人口約5500万人を擁するミャンマー。国内に有力な産業が少ないことから、ここでも仕事を求めて日本行きを目指す人は後を絶たない。昨年一年間にミャンマー国内で開催された日本語能力検定試験の申込者は約3万7000人。この10年間余りで約20倍となった。だが、昨年10月に初めて実施された特定技能の宿泊分野をめぐる試験の合格率は35.7%止まり。受験者の語学力ひいては日本語を教える教師の能力不足が露わとなった。 このため、ミャンマー政府は主な国立大学などに日本語教師を育成するための養成講座を急きょ開設することを決めた。特定技能の資格要件は、「基本的な日本語を理解することができる」とする日本語能力検定試験のN4以上だが、企業などの現場からはこれより上の「日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができる」N3以上を求める声が多く、底上げが必要と判断した。教員養成も外国語学習も、空前の日本語ブームが起こっている。
ミャンマーには現在、ヤンゴンだけで300以上の日本語学校があるとされる。繁華街の路地を一歩入ると、右に左に日本語学校の看板が立ち並ぶ地域もある。こうした一つにヤンゴン中心部インヤー湖に近いウー・トゥン・リン・チャン通りの「UNIVERSE Vocational School」がある。校長のキンキンさ
んは、ミャンマー人の所得向上を目的に、ミャンマー側の送り出し機関と日本側の受け入れ機関の開設も夢見る女性経営者。自らが体験した苦労を若い人たちにはしてほしくないと、2016年1月に同校を開設した。ここで学ぶ生徒は現在250人を数える。 ヤンゴン北郊バゴー地方域に近い農村にある「モビ日本語介護学校」で校長を務めるのは、福島県出身の日本人、佐藤守さん(71)だ。同校は「介護」に特化し、卒業生の日本送り出しに力を注ぐ。すでに内定者も含め約70人の日本行きを実現させた。現在は介護職種技能実習生としての送り出しに専念しているが、日本で仕事に就いたミャンマー人の卒業生が特定技能制度を活用して、さらなる日本在留をつかむ道筋も後押しする。日本とミャンマーのさらなる友好が佐藤さんの願いだ。 そのミャンマーでは昨年来、特定技能評価試験が相次いで開催されるようになった。すでに実施されたホテルのフロント業務などを担う宿泊分野や清掃などを担うビルクリーニング分野に加え、新たに介護分野、外食分野、農業分野などの試験が予定されている。特定技能の対象は全14種あり、今後も拡大していく公算が高い。
一方、隣国のタイでは少し事情が異なる。製造業の一大拠点となるここでは、ミャンマーやインドネシア、ベトナムのような介護や宿泊といった分野の特定技能資格を求める人は少ない。代わって多いのが、「産業機械製造業」や「電気・電子情報関連産業」などのハイスキルな分野だ。すでに国内試験の仕組みは整い、多くの若い技術者たちが日本での就労と技術取得を目指して勉学を重ねている。こうした人材がやがてタイに帰国し、日系企業の技術系幹部となることが期待されている。 タイをハブに、ミャンマーやカンボジアなど周辺諸国で特定技能制度を活用したビジネス展開を模索する動きも始まっている。日本社会の慣習や文化を伝えようというセミナー事業のほか、タイと周辺国に展開する日系企業の衛星工場で働く将来の管理職を育てようと、国境を超えた人材供給網の構築を目指す動きも広がっている。特定技能制度がもたらした新たなグローバル化と言うことができるだろう。 特定技能を柱とした改正入管法の施行から間もなく1年。向こう5年間で最大34万5000人を受け入れるとした日本政府の新たな試みは、さまざまな夢や思惑を含みながらアジア各国でダイナミックに展開を続けている。(つづく)2020年3月1日掲載