タイ企業動向

第52回 「タイ政府・企業等の新型コロナウイルス対策」

世界規模で猛威を振っている新型コロナウイルス対策に、タイ政府や企業各社等も対応に追われている。影響はレジャーや外食産業などに止まらず、住宅開発や一般消費までに及ぶ。感染の発祥地中国から工業原料が調達できなくなったことで、製造業全般に対する下振れも懸念され始めている。経済団体などが試算する経済成長予測は軒並み下落に転じ、最悪の場合は深刻なマイナス成長も。出口の見えない感染症の行方。3月8日時点での新型コロナウイルス対策の現況と、タイ政府・企業等の動きをお伝えする。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

タイ国内における新型コロナウイルス(COVID19)感染者は同日現在50人。33人が治癒したものの、未だに患者数の増加が続いている。受け止め方が変わったのは、3月1日にタイ人男性が死亡してから。デング熱と新型肺炎の合併症による多機能不全というレアケースであったにもかかわらず、一気に感染への警戒心が高まった。中国(香港、マカオ含む)、韓国、イタリア、イランからの入国規制が指定されたのはそれから間もなく。対象地域からの入国者は指定場所での14日間の待機が必要だ。  3月8日時点で、日本は入国規制対象国に指定されてはいない。だが、感染患者は増え続けており、経過観察の要請対象であることには変わりはない。年間180万人が訪れるタイにとっての最重要国。6000社を超える日系企業が進出しているとあって、簡単には入国規制が行えない事情もあるのだろう。連立を組むプームジャイタイ党のアヌティン副首相兼保健相が自身のソーシャルネットワーキングサービス(SNS)で、日本人入国者への自宅待機を義務づけるとした投稿をしたのも焦りの一つ。真に受けて報じた大手日系紙が事実上の訂正に追われる一幕もあった。

感染拡大の懸念は、各種経済指標にも現れ始めている。タイ工業連盟、商工会議所、銀行協会の業界3団体は3日、今年の国内総生産(GDP)の予想成長率を1.5~2.0%に下方修正することを決め発表した。前月に2.0~2.5%に引き下げたばかり。中国からの観光客が完全にストップしていることや、同国から工業原材料を輸入している部品メーカーなどが多いことから、タイの主要産業である観光業と製造業の双方で市場の縮小が起こるとみている。小売市場も最大で2%縮小する見通しだ。  貿易にも影響が出始めている。タイ海運業者協会のまとめで、今年上半期の貿易輸出額は前年同期に比べ3.3%減少する見通しだ。通年では若干持ち直すものの、それでも前年並みが良いところだ。中国での工業製品生産の完全再開が見込めないことから、すでに同国向けの輸出の落ち込みも始まっている。自動車や電子部品、科学製品などで顕著になっている。  主食であるコメ市場にも波紋が広がっている。国際的な取り引き価格が上昇しているのだ。タイ産白米の一般卸売価格はこの2カ月余りの間に最大1割前後も値を上げた。今のところ大きな混乱には至っていないが、農務省は監視を強める。中国が国内向け食糧の確保を目的にコメの輸出を停止したことから品薄感が一気に広がり、業者による買い占めが進んだためとみられている。例年ではこの時期、中国から400万トン近くが市場に放出されている。  昨年末からの干ばつ被害も拍車をかけている。東北地方を中心に水不足は現在も続いており、2月末までに干ばつの被害を受けた農地の総面積は162万ライ(1ライ=1600平方メートル)。国内の主要ダムは軒並み水位を下げており、過去最悪の被害となりそうだ。このまま6月まで続いた場合、収穫量はコメで例年比46%、サトウキビで43%の激減となる見通し。農家が受ける打撃も深刻だ。

こうしたことから政府は6日に開いた経済閣僚会議で、1000億バーツ規模の経済刺激策をまとめた。事業者への低利融資や返済の猶予、税制上の優遇措置などが骨子。このうち低利融資は政府貯蓄銀行が一般商業銀行を通じて実施し、金利は年2%とした。税制上の優遇措置は、源泉徴収税の軽減のほか法人税の控除などを柱としている。景気の行方を見て、追加発動も念頭に置いている。  大手民間企業も支援に乗り出している。財閥トップのCPグループは新型コロナウイルスの感染拡大でマスクが品薄になっていることから、マスク工場を新設し、病院などに無償供給すると発表した。月間の生産能力は300万枚。投資額は1億バーツを見込んでいる。グループを率いるタニン会長のトップダウンで決まった。  このほか、保険保障事務局が新型肺炎をユニバーサル・ヘルスケア・カバレッジ(いわゆる30バーツ医療)の対象に指定。保険委員会事務局が同肺炎向けの保険販売を承認するなど、一般国民を対象とした制度整備も着々と進めている。関係機関は、4月半ばのタイ旧正月(ソンクラン)までを一つのヤマ場とみている。(つづく)

 

20年4月1日掲載

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