タイ鉄道新時代へ
第95回(第4部11回)】インドシナ・マレー半島縦断鉄道構想/プロローグ
2021年の年末は、インドシナ・マレー半島の付け根に位置する中国・ラオスと最先端部にあたるマレーシア・シンガポールで、この半島地域の将来を占うことになる大きな二つの出来事があった。一つは、中国雲南省昆明とラオスの首都ビエンチャンとを結ぶ高速鉄道「中老鉄路」の開業。そしてもう一つが、一時は白紙化されたマレーシアとシンガポールと結ぶ高速鉄道(HSR)の協議再開だ。二つの国際鉄道に挟まれた大国タイでは、中国の技術を使ったタイ中高速鉄道が目下建設中。人口3億人を数え、なお巨大化する陸アセアン。その大地を南北に貫く幹線網の開発がこの地域への関心を高めていくことは間違いない。 (文と写真・小堀晋一)
2021年12月2日。ラオス・ビエンチャン。46回目の建国の日を迎えたこの日、ビエンチャン郊外に新築された高速鉄道「中老鉄路」のビエンチャン駅駅舎では、新線の開通式が厳かに行われていた。式典では、橙色の仏衣に身を包んだマスク姿の高僧に交じってパンカム首相の姿も。小国の内陸国が鉄道に掛ける意気込みを感じさせるには十分すぎた。
中老鉄路は昆明まで約1000キロの高架鉄道。ビエンチャンを発った高速列車は、山岳地帯を縫うように国境の街ボーテンに向けて走行する。この間、橋脚は167本、トンネルは75本を数える。古都ルアンパバーン(ルアンプラバン)では高架橋が大河メコン川を跨ぎ、景観を一変させた。地域と暮らしを大きく変えようとしている。
設置される駅数は33。ところが、このうち旅客は10にとどまる。貨物駅が23に上るところに、この鉄道敷設に協力した中国の意図が透けて見える。総事業費60億米ドルは大半を中国が負担した。残るは、いつ終わるかも定かでないラオスの借金だけ。それでもラオスは中老鉄路の建設に国の未来を託した。開発の行く末に身を委ねるしかなかった。
一方、同年11月29日、マレーシアのイスマイルサブリ首相は訪問先のシンガポールで同国のリー・シェンロン首相とマスク越しに向き合っていた。主要な議題の一つに、17年のナジブ政権下で計画したものの政権交代を果たしたマハティール政権によって凍結され、その後白紙撤回された高速鉄道(HSR)の再開があった。実現に向け再び協議を始めようという呼びかけだった。
21年1月の白紙撤回によりマレーシアは、違約金として1500万シンガポールドル(約12億円)と補償金として約1億ドルをシンガポール側に支払っている。その損失に目をつぶってまで建設を目指す背後にあるのが、鉄道がもたらす経済的恩恵と投資効果だった。合計特殊出生率が2人を割り込み少子高齢化が進むマレーシア。長期的に巨大な経済的需要を生むには高速鉄道が不可欠と判断したのだった。
だが、不安も少なくない。提唱したナジブ元首相が巨額の汚職事件で訴追されるなど、裏金や汚れた金との関係が切っても切り離せないのがマレーシア政界。事業の透明性をどれほど保つことができるかが試される。「国際社会が見ている」。前計画に携わった経済界は慎重に行方を見守っている。
二つの鉄道新線に挟まれるタイでは、首都バンコクとラオス国境の街ノーンカーイとを結ぶタイ中高速鉄道が建設中。始発駅となる高層のバンスー中央駅もお披露目を済ませた。現在は首都圏鉄道「レッドライン」が乗り入れるだけだが、将来的にはバンコク近郊のスワンナプーム空港やドンムアン空港などを結ぶ首都圏3空港新線のターミナル駅にもなる。現在、フアランポーン駅が発着の長距離列車もバンスー起点に切り替わる。
タイ中高速鉄道の建設には、財源の壁が大きく立ちはだかる。当初は中国からの低利融資も検討されたが、現在はタイの全額出資を基礎とした計画に改められている。だが、それでも総額4200億バーツ(1兆5000億円)をタイ単独で調達するのは至難の業だ。そこに中国の思惑が介入しやすくなる余地がある。経済効果の一方で、断ち切れない政治と利権。奇々怪々、硬軟さまざまな事情が複雑に交差しながら、インドシナ・マレー半島縦断鉄道構想は日一日と前進を続けている。次回からは、新線各線について。(つづく)
2022年5月1日掲載