タイ鉄道新時代へ

【第48回(第3部第8回)】インドシナ縦貫鉄道構想その8

ベトナム南北統一鉄道の起点駅ハノイ。インドシナ縦貫鉄道の北の発着駅でもあるその駅を出た列車は南部の商都サイゴンを経由し、プノンペンを経てカンボジア・ポイペトからタイ側のアランヤプラテートに入り、南の終着駅バンコクを目指す。全長は約2800キロ。日本の新幹線が結ぶ札幌~鹿児島中央(札幌~新函館北斗間は在来線)とほぼ同じ長さの国際列車構想は、20世紀中頃から何度も持ち上がり、着工を目指しては政治的経済的に雲散霧消を余儀なくされてきた。ところが一方で、ハノイから北へ中国に向かう国際列車は戦後に早くも開通がされており、大きく水をあけられる結果となっている。どのような事情があったのか。インドシナ縦貫鉄道構想第8弾は、ハノイから北に延びた中国線について。(文と写真・小堀晋一)

ハノイ旧市街のすぐ東側を流れるソンホン川。この川を渡って2キロほど東に行ったところにベトナム国鉄ドンダン線のザーラム駅がある。Ga Gia Lâmと書いて「ガ・ザーラム」。何ということのない片面だけのホームの前には6組のレールがほぼ平行に敷いてあり、ここが何らかの操車場となっていることが分かる。

よく見ると、そのうちのいくつかのレールは通常より1本多い三線軌条。タイやベトナム、マレーシアなどではあまり見慣れない光景だ。三線軌条とは軌道の異なる列車が相互に運行できるよう、片側のレールの外側(あるいは内側)にもう1本レールを敷設したものを言う。北海道新幹線開業当時、海峡トンネル区間を新幹線(1435ミリ)と貨物列車(1067ミリ)が共用して通過できるよう三線軌条が検討され話題となった。

ザーラム駅前にあるそれは、インドシナ半島では標準の1000ミリのメーターゲージと、欧米や中国では主流の標準軌の1435ミリ。レールの表面は一部で削られており、2つの軌道ともに直前まで列車が走行したことが分かる。見回すと、駅舎から200メートルほど中国方面に向かって進んだ外れに4両編成の客車がディーゼルエンジンをかけたまま停車しているのが目に入った。近づいて見ると、車両脇には「ハノイ~南寧」間のプレート。今朝5時40分に南寧から到着したものらしい。

ハノイを起点とするドンダン線は全長162キロ。仏領インドシナ時代に建設が始まり、1902年には清(当時)との国境ドンダンまで全通した。戦時の混乱で一部が破壊されたものの、独立後の55年までには中国の援助で全面復旧。中国国鉄湘桂線と相互乗り入れも始まろうとしていた。

その時に問題となったのが軌道だった。ベトナム側のメーターゲージに対し、中国側は標準軌。どちらかに統一しなければならない。結果、国力で勝る中国が車両の管理運行と合わせ、標準軌でレールを敷設することになった。その際、ベトナム政府側が条件として付したのが、ハノイ旧市街への乗り入れ拒絶だった。こうして、ハノイ駅の二駅前ザーラム駅までが三線軌条となった。

ザーラム駅は、ハノイから北方に放射状に延びる4つある支線の分岐駅。首都に通じる鉄道の隘路を形成する。首都機能を防備する旧市街の眼前には、紅河デルタを形成する大河川ソンホン川。なるほど、こんなところにも国土防衛、安全保障上の配慮があるのかと感心した。

ドンダン線を経て中国の湘桂線に相互乗り入れする国際列車は車両番号からT8701/8702次列車と呼ばれ、ザーラムと南寧間(401キロ)を毎日一往復している。どちらも夜間8時~9時前後に現地を出発。ともに約12時間かけて翌朝目的地に着く。中国政府はこの国際列車が、中国とインドシナ半島とを結ぶ重要な基幹線になると読んでいる。

ハノイから伸びる支線の中には、もう一つ中国に向けて走る国際路線がある。雲南省昆明とハノイ東郊の港町ハイフォンとを結ぶラオカイ線(296キロ)だ。同線も仏印時代に着工がなされ、06年には完工。10年には「滇越鉄路」として昆明とハノイ間が開通した。昆明を起点とした総延長は855キロ。当初から国際鉄道を意識して建設されたため、ベトナムのメーターゲージが採られた。中国国内で1000ミリ軌道が採用された例は極めて珍しい。

滇越鉄路が建設された背景には、周囲を高い山で囲まれた雲南省を陸の孤島の状態から解放するという狙いがあった。橋梁やトンネルが多用され、その数は総計3422。渓谷を縫うように走り、最大高度差は1807メートルにも達した。工事には6万人が従事し、1万人が死亡したと伝えられている。中国鉄道建設市場、希にみる難工事だった。

この路線も戦時中に破壊をされ、戦後復興を果たしている。ベトナム側国境ラオカイ駅と中国側昆河線河口駅の間には中越河口鉄道大橋が建設された。ところが、周辺に崩落の危険性があるとして2003年以降、旅客列車は運行をしていない。雲南省内に別の鉄道新線が建設されたことからも再開の目途は立っていないという。

インドシナ半島を事実上の配下に従え、「一帯一路構想」推進を目論む中国政府。ハノイから始まる現行のインドシナ縦貫鉄道構想にも無関心であるはずがない。そんな気配と野望を垣間見るハノイ郊外の旅となった。(つづく)

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