タイ企業動向

第3回 高まる試作需要

自動車の組立工場として始まったタイのモノ作り。かつては部品の大半を輸入、安価な労働力を背景に完成品に仕上げ、海外に輸出するという量産基地としての機能を有していたが、21世紀ごろを境にその様相にも少しずつ変化が見られるようになった。構成する部品の数々は国内市場から調達可能となり、加えて企業の研究開発(R&D)機能が徐々に拡充(前回参照)。タイ人開発者が自らの技術力でモノ作りに携わるようにもなった。となると、次に求められてくるのが「サンプル」としての試作需要。大掛かりな金型や機械の装置を導入することなく、少量を短納期で作ることのできる機器のニーズが高まり、タイの市場で急速な広がりを見せている。試作需要に挑む日本の大手メーカー、中小企業などの動向をまとめた。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

 

「大手も中小メーカーも明らかに軸足を移し始めています。これまでのような量産活動だけではなく、開発もタイで行っていこうとしています。少子高齢化など日本の市場縮小が反映しているのでしょう。本気でタイの市場を目指そうという意気込みを感じます。私たちは真剣にモノ作りにチャレンジする人々を応援したい。そこにチャンスがあると考えています」

こう話すのは、2013年にタイに進出したYN2-TEC (THAILAND)の中村亮太氏。モデリングマシンから3Dプリンタ・テスクチャデータ、マイクロ波成形システムなどの提案・据付・保守などトータルソリューションを手掛けるベンチャー企業の現地法人責任者だ。静岡県にある企業組合の仲間たちと海外進出を模索し合う中でタイ進出を決めた。それだけに「企業経営者の海外に賭ける気持ちは痛いほど分かります」とも。

製造業の「開発」と言えば、巨額の開発費を投じ、完成までには最低でも数年、試作のための予算措置も講じなければならないというのが一昔前の姿だった。ところが技術革新はこうした世界にも革命的な変化をもたらした。同社で扱う高精度3Dキャム「Craft MILL」は100万円台とこの機種としては破格の低価格。それでいて同じSTL形式の3Dプリンタと組み合わせモデリングマシンを使用すれば、大手工作機械メーカーの切削機械と同様の結果が引き出せるというのだから驚きだ。

昨年からタイ市場に供給を開始したマイクロ波照射樹脂成形システム「Amolsys」は、熱可塑性樹脂をマイクロ波を使って溶融・成形する最先端マシン。これがあれば金型や成形機を用意することもなく、試作品を作り出すことができる。完成品は射出形成と何ら変わらぬ物性を持つ。YN2社では開発元のディーメック社(東京)のタイ総代理店となって、エンジニアリングサービスなどを務めている。「開発力のある企業のお手伝いをしたい」

 

三重県鈴鹿市にある板金試作加工業「テクノアート」を母体として11年に設立したのが東部チョンブリ県にあるHiromitsu Tecnoart (Thailand)だ。自動車産業の動向に合わせてタイ進出を決めたが、「これからはR&D、そして試作需要」と感じている一社だ。「こんなのが欲しい」「こうなふうにして欲しい」。部品メーカーなど顧客の要望は常に抽象的で感覚的。マニュアルはなく、耳で聞いたり、絵に描いたものを頭で理解。それをコンピュータに落とし込んで試作品としている。それでいて求められるのは短納期と高品質。「顧客の困り事を解決するのが私たちの仕事」と言い切る。

15年初めにタイ政府が投資恩典策の見直しを決めたことが試作需要の追い風になっているとも言う。技術力がモノを言う高付加価値産業に厚い恩典が課されるようになれば、試作の需要はますます増えていくと見る。「ここ(東南アジア)で必要とされることは、ここで自己完結していこうという時代の流れを感じます。少し前まではタイで板金試作を求める動きはあまりなかった」。三次元レーザー加工機やZAS鋳造設備、ポータブルスポット溶接機などを取り揃え、顧客の要望に対応している。

 

こうした市場の変化は大手メーカーも感じている。ワイヤー加工機や放電加工機、高速リーミング機、射出成型機など各種工作機械で高い評価のあるソディック(横浜市)。そのタイ法人で営業責任者を務める森直樹氏は「産業が集積するタイで、企業は研究開発や設計といった部門の現地化を進めるようになった。今後、この分野が伸びていくだろう」と見る一人だ。そこで同社は昨年5月から新型の金属3Dプリンタ「OPM250L」を投入、供給を開始した。

同機は金属粉末を作業テーブルの均一に敷き詰めた後、高出力レーザーで溶融・凝固。回転工具で高速リーミング加工を施し、高精度な仕上がりを実現するというこのクラスでは最強のマシン。一台が連続して工程をこなし小径ロングネック工具等も使わないことから、完成品にタワミなどの不具合が生じることもない。自社開発の高性能リニアモータを搭載し、ダイレクト駆動方式を採用。高速で高精度な動きを半永久的に持続するのが特徴だ。複雑な形状を持つ製品の加工に適しているという。

このほか、大手楽器メーカー「ローランド」の関連企業ローランド ディー.ジー.や大手商社丸紅の100%子会社丸紅情報システムズといった大手企業グループなどもここ数年、試作需要に応える機器の市場投入を進めている。いずれも共通するのは、コンパクトで低コスト、それでいて高性能・高品質という点だ。背景には大手のみならず中小小規模企業も含めた飽くなきタイ進出意欲がある。日系を中心としたタイの製造業は新たな段階に突入している。(つづく)

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