タイ企業動向

第16回 日本食レストラン誘致の最近の動向その2

毎月のように新規出店が繰り広げられるタイの日本食ブーム。日本食レストラン海外普及推進機構(JRO)などの調査で、タイにある日本食の総店数は2016年度当初時点で2700店余り。最近になって伸び率にやや鈍化の兆しは見えるものの今なお出店意欲は収まらず、日本から海外進出を目指す者、タイ側にあって日本有力チェーンの誘致を図る者、自身で日本食ブランドを立ち上げ新たな橋頭堡づくりに挑む者など実にさまざまである。その中でも新たな展開として注目されているのが後二者だ。前回に引き続き、こうしたタイ側の新しい動きを展望する。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

 

タイの大手飲食チェーン「S&Pグループ」が手掛ける日本食レストランの一つに豚カツ専門店の「MAiSEN(まいせん)」がある。傘下の「S&Pインターナショナルフーズ」で代表を務めるタイ人男性ライバ・ティラコーンさん(35歳、ニックネーム・ジェムさん)がその統括責任者。日本の豚カツチェーン「まい泉」のフランチャイズ(FC)展開を始めて約4年が経過した。バンコク東郊の「メガ・バンナー店」が9つ目の店舗となった。

「S&Pレストラン」など今ではタイ全土に450店を超えるまでに急成長したS&Pグループだが、もともとはジェムさんの祖母らがスクンビット地区で始めたアイスクリーム・パーラーが発祥だった。家族の結束の下で事業は着実に拡大を見せ、近年には著名な企業グループへと仲間入り。その大きな転換のきっかけとなったのが、日本食市場への参入だった。

2010年ごろから始まった空前絶後の日本食ブーム。S&Pグループでもこうした波に乗り遅れまいと進出を検討した。だが、タイで生まれ育った現経営陣には今ひとつイメージできるものがない。そこで白羽の矢が立ったのが、日本に語学留学し、日本のソフトウエア企業でエンジニアとして働いていたジェムさんだった。

「真っ先に記憶の底から蘇ってきたのが、私自身もよく通った、まい泉の豚カツでした」とジェムは振り返る。洗練された美味しさと見た目の美しさ。これならタイでもヒットすることも間違いなしと考えたが、一方で、「どのようにタイ人客に日本の豚カツの素晴らしさを伝えれば良いかが難しかった」と語る。

例えば、日本では豚カツの柔らかさを「箸でも切れる」と宣伝するが、麺料理でもなければ箸を使うことのないタイでは「とにかくピンと来ない」。そこでヒントとなったのが、チョコレートなどの菓子類で良く使われる「口の中でとろけるほどの美味しさ」という表現だった。「この表現ならタイ人でもイメージできるし、食べてみようという気持ちになる」とジェムさん。こうしてタイの豚カツ「MAiSEN」は瞬く間にトップブランドとして成長を遂げていった。

だが、決して順風満帆とは言えなかった。5店舗目として出店した商業施設「セントラル・エンバシー」内の大型新店舗。専有面積180㎡、客席数74席と圧巻、肝いりでオープンしたものの、初めの1カ月を過ぎたあたりから客足が落ち始め、ボトム時にはピーク時の約10分の1までに。

「何が原因だろう」と真剣に考えてみたところ、どうやら新たな味覚、新たな感動を求めるタイ人消費者と提供するサービスとの間に〝ズレ〟が生じていたという結論に達した。以来、新規出店にあたってジェムさんは、「新しい商業モールだから客が入るに違いない」などといった思い込みを捨て、交通量調査や徹底的な現地視察など客観的なデータに頼るようにしている。

 

バンコク都内でタイ初のオムライス専門店「OMU(おむ)」を現在6店舗運営するのが、33歳のタイ人男性コキャット・ガムダムロンさん。ニックネームをガイさんという彼もまた、日本留学時に日本食のとりことなった一人だ。24歳のころ、大阪の繁華街を一人で散歩していた時のこと。ふと、オムライスの看板が目に止まり、試しに注文してみた。

やがて目の前に現れたオムライスを目撃し、「目が点になった」というガイさん。タイにも「カーオ・カイダーオ」という似た卵料理があるが、ふわふわ感や色彩が全く違う。純白の皿の上に綺麗に成形されたライスを、まるで黄金のような卵の層が優しく包み込む。日本で春先に見た菜の花畑のようだった。一口食べてみると、絶妙なほどのハーモニー。「ご飯と卵といった素材だけで、ここまで美しく美味しくできるのか」。唸らずにはいられなかった。

日本人の妻との二人三脚で独自ブランドを立ち上げ、OMUの出店へとこぎ着けたのは2010年末のころ。当初は、日本で目にしたような美しい卵の成形ができず、何度も失敗。試作を繰り返した。ビデオを取り寄せて一日中練習に励み、食材を無駄にしたこともあった。それでも頑張り通せたのは、大阪で体験したあの感動があったからだ。こうして開業6年を迎えた今、4店舗のオーナーとして確かな地固めを進めている。

ガイさんの店は半数以上をタイ人客が占めるが、日本人を含む他のアジア出身者や欧州、米州出身者など客層の国籍はさまざま。そこに成功への工夫と秘訣があった。「卵とご飯というシンプルさが、どんなソースにも合う底深さを醸し出すのです」と話す。なるほどメニューを見てみると、タイ人客が最も好むデミグラスソース味に加え、オーソドックスなトマト味、日本人向けのあっさり味の和風タイプに、韓国人向けの唐辛子味噌を使ったもの、中国人向けの麻婆味に、さらには中南米からの客のためのタコス味まで用意している。

もちろん、客を飽きさせないための新規メニューの開発も忘れてはいない。感動と次回への期待を伝えることができて初めてリピート客が来ると信じているからだ。妻からは「寝ても起きてもメニューのことばかり考えている」と冷やかされることもたびたびとか。近年は同じ東南アジアのシンガポールやフィリピン、インドネシアからわざわざ食べに来る客も現れるようになった。みなが次々に口にするのは「ウチの国で出店してください」という要望だという。

日本では綺麗な卵の成形は当たり前。過ぎた表現で表せば「子供が食べるもの」とまで言うオムライスだが、見事にタイの社会に溶け込むことに成功したのがOMUの事例だった。ガイさんは言う。「ちょっとした出会いとヒントなんです」と。(連載つづく。店舗数、年齢などは取材時)

 

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