タイ次世代自動車の世紀-Next Generation Vehicle-
1769年、啓蒙思想が広がるフランスで、軍事技術者二コラ・ジョセフ・キュニョーによって自動車が発明された。この世界初の自動車は蒸気を動力とし、軍隊の大砲を運搬するために作られた。以来、200年余り。2016年には全世界で9,497万7千台の自動車が生産、9,385万6千台が販売された。そして、全世界の自動車保有台数は12億台(2015年末)を上回り、統計上は5.7人に1台の割合で普及するまでになった。そんな私たちの生活に欠かせなくなった自動車に、今、100年に一度とも言われる大きな変革期が訪れようとしている。
取材・文 Bussayarat Tonjan、長沢正博
EV、PHV、HV…各社が急ぐ開発
今、主要自動車メーカーが開発にしのぎを削っているのが、電気自動車(Electric Vehicle=EV)をはじめとする次世代の自動車だ。その背景の一つには、環境問題などから世界各国で検討されている規制の存在がある。イギリスは2040年までにガソリン、ディーゼル車の販売を禁止すると発表。フランスは2040年までに温室効果ガスを排出する自動車の販売を終了、世界最大の自動車市場・中国でも2019年からEVを中心とする新エネルギー車を一定割合で生産、販売するようメーカーに義務付ける。日本としては、2030年までに新車販売に占める次世代自動車の割合を、50%から70%にする目標を立てている(2016年実績は34.85%)。またタイもEV Action Plan(2016-2036)をまとめ、2036年までに120万台のEV、PHV、690の充電ステーションなどを掲げている。
とはいえ、メーカー各社が現在、注力している技術は少しずつ異なる。まず、エンジンと電動モーターを併用するハイブリッド自動車(Hybrid Vehicle=HV)は1997年にトヨタが世界で初めて「プリウス」の量産に成功し、それ以降、各メーカーに広まっていった。発進時や低中速時はエネルギー効率に優れたモーターで走行し、通常走行時はエンジンを主導力として低燃費走行。急加速時はモーターの駆動力を加えることで、加速性能を一段と向上させる。減速時や制動時は車輪にモーターを駆動させ、モーターが発電機となってバッテリーを充電する。既にトヨタのHV販売台数は1,000万台を突破し、HVを含めた電動車では世界で4割ほどのシェアを占めているという。まだ当面はトヨタの主力技術であり続けるHVだが、次への布石も打っている。2014年に燃料電池自動車(Fuel Cell Vehicle=FCV)「ミライ」を発売。2017年10月には、マツダ、デンソー、トヨタの3社でEV C.A.Spiritを設立し、電気自動車の基本構造に関する共同技術開発を進める。また、2020年に中国でEVを投入すると発表。スズキとはインド向けのEV投入に関する覚書を結んでいる。これまで蓄積した技術を武器に市場開拓を目指す。
EVで一歩先んじているのが日産だ。2010年からEV「リーフ」を販売。今や世界累計販売28万に達している。2017年には全面改良したモデルを発売。航続距離は初代と比べて2倍に伸びた。EVは内燃機関に代わり、電動モーターを使って自動車を駆動。安価な夜間電力(昼間充電時と比べて3割程度)を使って自宅で充電でき、維持費はガソリン車に比べて安くなる。エンジンがないため、走行中もガソリン車と比べて静か。スペース効率も高まる。なによりCO2や排気ガスを出さないため、地球資源の制約や環境問題の観点から世界的に注目を集めている。イーロン・マスク率いるテスラモーターズは、2008年にスポーツカー仕様のEV「ロードスター」を販売。2009年にはセダン「モデルS」、2012円にクロスオーバーSUV「モデルX」、2016年にはより低価格なセダン「モデル3」、2017年にはEVトラック「セミ」と、次々とEVを世に送り出してきた。EVの普及が進む中国でも、BYDといった新興メーカーが急速に力を付けてきている。
EVとHVの長所を併せ持った自動車と言えるのが、プラグインハイブリッド自動車(Plug in Hybrid Vehicle=PHV、Plug in Hybrid Electric Vehicle=PHEV)だ。家庭用のコンセントから充電できるHV(専用の配線など必要)、と例えれば分かりやすいかもしれない。多くのバッテリーを搭載し、近距離ではEVとして、長距離ではHVとして走行する。HVに比べるとバッテリーのみで走行できる距離が長く、ガソリン車と比べて一度の“燃料補給”で走行できる距離が長い。バッテリーから電力供給もでき、車内のコンセントを使ってノートパソコンなどの家電も使用できる。トヨタの「プリウス」、三菱自動車のSUV「アウトランダー」などにPHVモデルがあり、三菱自動車では「満充電の状態で一般家庭の約1日分相当、エンジンでの発電も合わせればガソリン満タンで約10日分」(三菱自動車HP)としている。災害時などの緊急電源としても活用可能だ。
ホンダは2030年まで全販売台数の3分の2を電動化することを目指している。BMWは、2025年までに12車種のEVを含む25車種の電動車両を発表するとしている。フォルクスワーゲンは2025年までにEVを50車種販売し、全世界で年300万台のEVの販売を計画。ボルボも2019年以降販売する全車種のEV、PHV、HV化を発表している。一方、マツダは2019年までにガソリンエンジンにおける圧縮着火を世界で初めて実用化した次世代エンジンなどを投入する予定だ。
日本発の急速充電規格「CHAdeMO」
言わずもがな、EV、PHVに欠かせないのが充電だ。その充電には、夜間などに自宅で数時間かけて充電する普通充電と、経由地などで短時間で充電する急速充電がある。急速充電は、ガソリン車で言うガソリンスタンドにあたり、EVなどの普及には不可欠な存在といえるだろう。
この急速充電には、コネクタの規格や車と充電器間の通信方法(電池残量や温度に応じた充電を行う)などを定めた日本発の規格「CHAdeMO(チャデモ)」がある。「CHArge de MOve = 動く、進むためのチャージ」、「de=電気」、「自動車車の充電中に“お茶でも”」の意味が含まれている。その他、フォルクスワーゲンやGM、BMWなどが中心となって推進する規格「Combined Charging System(コンボ、欧州版・北米版あり)」、中国の規格「GB/T」の大きく4つが存在し、現在、これら4種類が国際電気標準会議(IEC)によって認められている。この中で、いち早く開発されたのがチャデモだ。2005年頃から東京電力や日産などが開発をはじめ、2009年にはチャデモ規格の急速充電器第一号が設置された(コンボ(欧州)、GB/Tは2013年、コンボ(北米)は2014年)。2010年には、普及に向けて「チャデモ協議会」がトヨタ、日産、三菱、富士重工業、東京電力の5社によって発足している。これまでに自動車、部品、充電器メーカーなど34カ国350の組織が加盟。設置基数でも日本の7133台、その他アジアが2018台、ヨーロッパが5,016台、アメリカが2,272台など、全世界で16,655台(2017年12月上旬現在、HP)よりに達している。目下、ライバルのコンボを地元のヨーロッパでも上回り、世界最大のカバレージを誇っている。自動車の数でも、チャデモの方が多い。一方で、コンボ側も充電器普及団体「CharIN」を設立したほか、2017年11月にはBMW、ダイムラー、フォード、フォルクスワーゲンの4社が合弁企業を設立。ヨーロッパで2020年までに400カ所のコンボの急速充電ステーション設置を計画している。
なぜ急速充電の規格が大事になるかというと、実は充電器と自動車の通信方法が異なると、自動車の構造そのものにも影響を与えるからだ。同じ自動車でもチャデモ対応とコンボ対応では仕様が異なり、開発も新たに必要になってくる。ちなみに、テスラのEVは独自の規格を用いているが、チャデモでも急速充電可能となっている。また、中国のGB/Tはチャデモとは技術的親和性が高いと言われている。ヨーロッパなどでも、チャデモとコンボの2つのコネクタを持ったダブルアームの急速充電器がある。単独の急速充電器に比べて、設置コストに大きな差はないという。
チャデモは認証スキームを持っているのも特徴の一つ。世の中には、たくさんの急速充電器メーカーがあるが、各メーカーが製造した急速充電器が、チャデモ規格の全自動車に対応できるのか第三者機関がチェックする仕組みを備えている。自動車側の電力を家庭やオフィスビルなどで使用するV2H(Vehicle to Home)も可能だ。V2Xを巡っては、ピーク時の電力を自動車から補い、その他の時間は電力を自動車に戻すピークカットという使われ方もある。チャデモはオープンプラットフォームを掲げて知的財産を開放、各国の実情に合った規格の構築、充電器の製造などもサポートするとしている。核となる技術は守りながら、普及を第一とする狙いだ。コンボはPLC通信を用い、急速充電と普通充電のコネクタが一体になっている(チャデモは別々)。ハイパワーなどもアピールしている。
タイは、上記の4種類を認めている。ただ今後の本格的な普及の過程で、規格をチャデモもしくはコンボなどに固定しないとも限らない。そのため、チャデモ側、コンボ側ともに政府の動向を見守っている。もちろん市場の原理として、対応自動車の普及がまず重要であることには変わりはない。
チャデモは2017年に従来の3倍となる最大出力150kwが可能な充電器を発表している。出力が大きくなるにつれ、大容量の急速充電に耐えられるバッテリーが必要になる。一方でフル充電による一回の航続距離が伸びれば、急速充電器に頼る必要もなくなる可能性はある。その反面、バッテリーの容量が大きくなるにつれて普通充電による充電の時間は伸びる。自動運転とセットになったワイヤレス充電も将来考えられる。今後の技術進化によって、EV、PHVの乗り方はまだまだ変わる可能性を秘めている。
タイブランドEV「ウィラV1」を開発―ウィラ・オートモーティブ―
2017年1月、EVの開発に取り組むウィラ・オートモーティブが初のEV「ウィラV1」を発表した。22kwのリチウムイオンバッテリーを搭載し、フル充電で180㎞走行可能。普通充電なら6時間で充電できる。ウィラ・オートモーティブの共同創業者ワンチャイ氏は「EVの主要なポイントは車体、バッテリー、電動モーターの3つですが、すべてが中国製です」と語る。
ABSディスクブレーキ(前輪)など安全システムも充実し、時速50キロの走行時、6秒で停止可能。前列にはエアバッグが装着され、緊急停止クノップ・システムが機能する。これらを保護するのが鋼鉄製に設計された車体構造。充電システムは、後部トランク内に220ボルトのケーブル端末があり、端末のスペックはTISIタイプ2のIEC62196-2ある。
ワンチャイ氏は「世界の自動車産業は今やEV時代に向かって着々と進んでいますが、タイはガソリン車の主要な生産基地でもあり、その動きはなお緩慢です。目に見えて変化するには少なくとも6~8年かかるでしょう。自動車開発に必要なのは、知識と展望であり、私はこの事業を始める前には夢を固めていました」と語る。
例えば先進国ではEVの普及を支援する政策が明確で、EVの購入者は所得税の優遇措置を受けられる国もある。またイギリスでは低排出ゾーンが設定され、化石燃料で動く自動車の使用が制限される方向にある。一方、タイでは同様の政策はまだない。EVは一部の民間、教育機関、官庁、公共企業体で試用が始まったばかりである。またワンチャイ氏によれば、タイの法律はEVの普及を進めるようにはできていない。例えば、モーターのサイズ、最低走行速度などを定めているが、これを守ればEVバイク、小型EVは登録ができず路上を走れないことになるという。さらにEV、バッテリー、充電装置、充電スタンドの規格は何もなく、使用済みのEV用バッテリーの処理、管理についての何の対策も立てられていない。さらにタイ国内のEV用部品産業に対する奨励策はなお寥々たる状況でしかないとする。
ワンチャイ氏は「現在、タイでは低燃費のHVに主力がおかれ、なおガソリン車が温存される傾向があります。EV一辺倒に偏ることは自動車産業をリードする者としてリスクになりかねません。しかしEVのマーケティングが力を得てくれば、中小メーカーといえども競争に参入できます。中小メーカーがEVをタイ市場で普及させるには、明確な政策、EV用のインフラ、EV販売に関する法規制の改善が必要です」と明快だ。
タイランド4.0へ、EV産業育成を目指すタイ政府の取り組み
自国の産業育成の観点からも、各国は次世代自動車に注視している。タイ政府は10種の重点育成産業の中に次世代自動車を含めている。まず、HVの生産に関してはエコカープロジェクトとみなし、車両の組み立てや主要部品の生産(バッテリー、モーター、BMS、DSUの中から少なくとも1種)を行うプロジェクトに関して、機械輸入税の免除、プロジェクト内でバッテリーを生産する場合は物品税を50%減免の恩典を与える。2017年12月31日がBOIへの申請期限だった。
そしてPHVの生産については機械輸入税の免除、法人所得税の3年~6年間の免除、プロジェクト内でバッテリーを生産する場合は物品税を50%減免の恩典を与える。法人所得税の免除は、3年目にバッテリー、モーター、BMS、DSUの中から1種を生産すると3年間、2種なら4年間、以降、3種は5年間、4種は6年間というように免除期間が追加される。PHVの生産もエコカープロジェクトとみなされる。2018年12月31日がBOIへの申請期限。
EVの生産については最初の2年間の完成車(CBU)の輸入税を免除(数に制限あり)、機械輸入税の免除、法人所得税の5~10年間の免除、プロジェクト内でバッテリーを生産する場合は物品税を2%に減税の恩典を与える。法人所得税の免除は、6年目にバッテリー、モーター、BMS、DSUの中から1種を生産すると5年間、それが5年目なら6年間の法人所得税免除、4年目なら7年間、3年目なら8年間、8年間の法人所得税免除取得後、技術移転が伴うと10年間の法人所得税免除となる。申請期限は2018年12月31日まで。そのほか、電気バスや充電スタンドの生産などにも恩典を与える。
また、タイ政府は補助金を出して充電スタンドの設置を推進。来年中に150カ所設置する計画だ。燃料メーカーのエナジアブソルートはPHVの充電スタンド事業をスタートさせている。PTTも傘下のガソリンスタンドで充電スタンドの設置を進めている。
タイEV協会のヨッサポン会長は11月23日にバンコクで開催されたEV関連のセミナーの場で「EVは現在進行中のイノベーションであり、すでに多くの国で製作、生産されています。タイでも多くの機関、企業が協力して国内での技術開発を進める方向で動いています。エネルギー省は2036年に120万台のEV、PHVという目標を立てました。まず協会はEV走行のインフラ作りに焦点を当てています。軸となるのは充電スタンド網。2017年末にはタイの充電スタンドは100カ所超に増えることが見込まれています」と語った。
同じセミナーでタイ日産自動車のピアンチャイ氏は「EVの普及を加速させる1つの要因は充電スタンドですが、まだまだ少ない。もっと重視されねばならければなりません。世界中でEVが注目を集める中、実際に走行するEVがあまりにも少ないのは、バッテリーが途中で切れるのではないかという懸念が消費者心理にブレーキをかけているからです」と語った。続けてピアンチャイ氏は価格面も指摘。「消費者には、機能的に従来の車と変わらないのに高すぎる、という第一印象を与えています。タイ市場でマーケティングを進めるために政府の支援策が必要と考えます。例えば輸入税の免除。EVの価格は輸入税を加えなくても充分に高価です」と行政の支援を訴えた。
さらにビアンチャイ氏によれば、現在、バンコク都内の充電スタンド数はわずかに20カ所程度。「消費者にとってもメーカーにとっても絶対的に少ない」と同氏。また、タイではリチウム・バッテリー、モータードライブ、コントロール・ユニットなどEVの主要部品を製造することができず、「これらは輸入に頼る以外になく、スペアパーツの交換を軸とするアフターサービスにおいて、消費者の懸念は払拭されない」とした。
タイでEV産業を発展させるには、これらの懸念を解決する官民の協力が焦点になる。関係各省庁、各部局に明確な任務と政策目標が必要になる。いずれにせよ、現実にはEVは増える傾向にある。台数が増えればバッテリーの生産コストは下がり続ける。ビアンチャイ氏は「2025年にはEVと在来のガソリン車の価格は同等になるでしょう。素晴らしいことです。EVこそは環境に優しく、汚染のない、世界的な選択肢だからです」とセミナーでの講演をまとめた。
EVの歴史は、実はガソリン車よりも古い。1873年には、イギリスで電気式の4輪トラックが実用され、以後、蒸気式自動車と覇権を争った。1899年にはフランスで電気式のジャメ・コンタント号が時速105㎞という当時の最高記録を樹立した。2世紀を経て、再びEVが昨今注目を浴びている。国際エネルギー機関は2012年に、2050年までのガソリン車やHV、EV、PHVなど各種自動車の売上予測を発表している。それによると、ガソリン車、ディーゼル車にしても、一定の需要は今後も見込まれることが読み取れる。世界の人口は増え続けており、自動車の需要自体は拡大する。その中で、どんな形態の自動車がマーケットの主役に躍り出るのか、各国政府、メーカーの動きも相まって、予断を許さない状況だ。