金型王国 中国の現状と展望~中国金型工業協会会長に聞く~

もう15年程前のことだが、日本金型工業会が11月25日の「金型の日」を記念して毎年東京で実施している講演会に、講師として招かれたことがある。アジアの金型事情といったテーマで話をさせていただいたが、講演後のパーティで「日本の金型が中国に負けるなんて、今日の話は工業会の講演会としてふさわしくない」と後に同工業会の会長になる方からクレームを受けた。

だが、国際金型協会(ISTMA、本部ポルトガル)によると中国の金型市場(売上高)は2017年に2,433億中国元(375億米ドル)と世界全体の3分の1を占めるに至った。中国の金型業界が日本はおろか世界を席巻するまでに急成長を遂げたのは、中国が自動車だけを見ても年3,000万台を生産販売するという世界最大の市場、工場になったことが背景にある。かつては金型王国ともてはやされた日本は、金型を納入する工場の海外移転などに伴って業界の縮小が続いている。タイや中国などに進出して生き残っているケースも多いが、中国のローカル金型工場の中にも人件費高騰などからタイなど海外に進出する動きが出ている。

目覚ましい発展を遂げ、日本や世界に大きな影響を与えている中国金型産業の現状と展望について中国金型工業協会(CDMIA)の武兵書(ウー・ビンシュー)会長に上海でインタビューした。武会長は「中国の金型業界も政府の『第13次5カ年計画(2016年~2020年)』が掲げる目標の達成に向けて取り組んでおり、中国の金型生産は年9.1%増という高成長が達成できている。ISTMA統計によると、中国の金型輸出は年に約55億米ドルと世界の4分の1、同輸入は20億米ドル(同8分の1)。中国は金型の輸入が減少し、輸出が拡大していることが近年の特徴」と説明した。

写真・文 アジアビジネスライター 松田健

2045年中国の金型生産は世界最強に

今年6月5日から9日まで中国最大の金型展として知られる金型技術、設備の展示会「DMC2018」が上海で開かれた。「DMC2018」は中国金型工業協会と上海市国際展覧有限会社の主催で毎年開催されている。今回は、新しく開設されたアジア最大の展示場面積50万平方メートルを誇る国家会展中心(NECC=上海市青浦区崧沢大道)の10万平方メートルの展示スペースを使い、世界20カ国から1,000社を超える企業が参加して行われた。同じ6月にバンコクで開催された「マニュファクチュアリングEXPO2018」に初出展した日本工作機械工業会は、11月に同工業会が主催する「国際工作機械見本市(第29回JIMTOF)」への参加を呼びかけ、「過去最大の98,540平方メートルに5,531ブースを用意します」とPRしていたが、会場面積に至ってはNECCは東京ビックサイトの5倍以上の規模を誇っている。

「DMC2018」の会場で、中国金型工業協会の武兵書(ウー・ビンシュー)会長に中国金型産業の現状と展望についてインタビューできた。タイ政府は「タイランド4.0」として産業高度化を目指しているように、中国国務院では2015年9月29日に「中国製造2025重点領域技術路線図」を発表し、製造業の強化計画をスタート。新中国が成立して100周年を迎える2049年には、世界最強の「製造強国」になることを最終目標としている。ファナックは「DMC2018」にまるでロボット展のような内容で出展。ロボットのデモ(工具交換)も実施していた大ブースには、「中国製造2025」のスローガンがあちこちに踊っていた。展示会期間中に併催された多数のフォーラムでも「中国製造2025」をテーマにしたものがあった。

初日の6月5日午後には、中国の習近平政権が力を注ぐ「一帯一路」政策に沿った「一帯一路国際模具(金型)産業」と題するフォーラムが開催された。武兵書会長の講演をはじめ、インドネシア、ベトナム、フィリピン、欧州など各国の工業団地や経済貿易関係の現状報告、ISTMAのロバート・ウイリアムソン会長(兼南アフリカ金型協会会長)、インド金型工業会のディネッシュ・クメール・シャルマ会長らの講演も行われた。

日本では金型業界の廃業が増えた時代があった。中国でも金型工場の減少はあるのか武会長に聞いてみたところ、「私が会長を務める中国唯一の金型工業協会のメンバーは比較的大手の金型工場を中心に約1,500社。しかし、中国には小さなアウトサイダーが多く、一時は約3万件の金型工場が中国に存在していましたが、競争力を失ったところを中心に縮小し、現在では約2万件の金型工場が操業しています。しかし経営不振で倒産に至ったケースは多くはなく、合弁や提携して大手の下請けになる、金型を使った部品や製品製造に業種をシフト、技術があるところは航空機などの精密部品製造に転業、といった方向に経営内容を変えたところが多い」と武会長は説明した。

当面の重点産業を明確にした「中国製造2025」に沿って、中国金型工業協会は何を目指しているのか。「中国の金型産業の規模拡大は続くが、これまでの中国の金型作りは全般に“雑”だった。今後は中国製造2025の方針に従い、金型業界を大きくすることよりも強くすることに力を注ぎます。具体的には金型の品質向上のためにAI(人口知能)も駆使したイノベーション、ビッグデータ収集によるデジタル情報の駆使など、ネットとの融合による方法を使って金型技術を高め、ブランド力を高めていきたい。政府はブランド力がある優秀企業を表彰したり、知的生産を重視して知的財産の保護を進める一方で積極的に特許申請をするようにと指導しています。2025年という国家目標もあるが、中国の金型が世界最強になれるのは2045年頃です」と武会長は予想してくれた。

中国の金型製造設備の50%が日本製

同会長は「確かに中国の金型産業は規模的に世界最大となりましたが、日本、米国、ドイツの技術力とはまだかなりの隔たりがあります。トヨタの生産方式などから学ぶべき点もまだ山積しています。金型をめぐる各種情報のネット化など従来のインターネットに加える取り組みは、自主的な模索を続けて行く中で新たなアイデアを一歩ずつ構築していく以外に楽な道などありません」と語る。

2019年のDMCは、今回と同じNECCを会場とし、6月11日から15日まで行われることが決定している。今後の運営については「従来は新製品など商品を見るだけが中心でしたが、今回の展示会からは金型業界の交流の場、プラットフォームを提供する国際展示会という姿勢をはっきりお見せできた」と武会長は手ごたえを感じている。武会長によると「DMC」ではどうすれば訪問客の注目を高めることができるかということをいつも念頭に置いているという。「主催者側としては欧米などの展示会に負けないように金型のプロが業界の変化をつかみ、得た知識を変革に使えるような内容を提供できる世界最大の金型展示会に脱皮したい。欧州で長く続いてきた金型見本市が行き詰って廃止されたケースからも学び、中国ではそのような事態に陥らないように努力している。つまづいた金型見本市を分析したところ、私企業が運営する展示会であり、展示会ビジネスとして儲けることに集中し過ぎたことが原因だと分析できた。DMCは政府の力も借りて実施されている。中小企業が安い出展料で出展できるよう援助もしてもらっている」と語った。

同会長によると、中国の金型製造設備は測定機器も含めて「50%が日本製で40%が欧米製、中国製が10%の現状」だそうだ。「これを見ても日本の中国での存在感は大きい。金型分野における中国と日本の交流は長くて深いものがあり、今回の『DMC2018』にも中国の日系企業を中心に日本企業が多数出展しました。日本金型工業会の牧野俊清会長(長津製作所代表取締役)も参加してくれましたし、我々も日本で開催される金型展への出展を続けています。今後も両国の金型面での交流も深まって欲しい」と願っている。

武会長は中国金型工業協会の会長に加え、アジア金型協会(FADMA)の会長も兼務している。「各国の金型業界による交流は不可欠。FADMAではこれまで年に一度はメンバー国が集まって3、4時間の会議を開いて各国の現状報告を聞くといった内部交流中心の活動をしてきましたが、活動が活発だったとは言えません。しかし、2014年からは中国、タイで2回、そして韓国でもフォーラム中心の活動に転換して開催するなど、FADMAの活動を強化しています。今年の4月にはインドで開催しましたが、2019年にはフィリピンで開催する予定です」と説明した。

「DMC2018」には、ISTMAメンバー国の幹部も参加。武会長は「ISTMAにはかつてFADMAとしてメンバーに加入していましたが、会費納入問題を契機に脱退しました。ISTAMAがアジアをベースとするFADMAの勢力拡大に脅威を感じていたとも聞いています。しかし2016年には日本がISTMAに加入、続いて中国も2017年から加入しました。その後イランも加盟したなど(かつて欧米が中心だった)ISTAMAの組織は拡大していくでしょう」と語った。

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