タイ企業動向

第38回「タイ政府の国民健康政策」

現代人の死のリスクでトップに上がるのが生活習慣病。不規則な食生活や栄養の取り過ぎ、運動不足などが重なって、今では多くの国民がその予備軍とされている。かつては「成人病」と称され大人特有の病気と思われてきたが、近年は子供に及ぶ危険性も指摘されており、国を挙げての対策が急がれている。タイも例外ではなく、国民の健康維持は喫緊の課題で、太りすぎ防止などの対策が取られるようになった。2017年から始まったタイの国民健康政策と、それを取り巻く企業の動きを紹介する。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

タイ保健省の最新のデータによると、タイ人の死亡原因でトップを占めるのが、悪性新生物いわゆるガン。これにより、年間8万人もの人々が命を落としている。次いで多いのが、脳血管疾患で3万人強。以下、肺炎、心疾患、糖尿病とハイレベルで推移する。合わせて15万人以上が生活習慣病に連なる病気で死亡している計算になる。

具体的な病名としては、高血圧や脂質異常症(高脂血症)、糖尿病、肥満などがよく知られる。このうち、高血圧、脂質異常症、糖尿病、肥満は「死の四重奏」とも呼ばれ、早々に対策を講じないと脳梗塞や心筋梗塞、突然死の原因ともなる極めて危険な病気だ。原因としては、食生活の乱れや食べ過ぎ、運動不足のほか、塩分や脂肪の摂取量過多、カロリーの高い食事など。タバコや深酒、ストレスなども原因とされている。

生活習慣病が特に問題とされるのは、自覚症状がほとんどない点だ。高血圧、脂質異常症、糖尿病に特に顕著で、放っておくと血管が硬くなり血液が流れずに血栓となって、動脈硬化などの症状を引き起す。やがてそれは、脳梗塞や心筋梗塞となって突然死を引き起こすというわけだ。

こんな危ない現代病だが、対策や予防は意外と簡単だ。その基礎的な二つの柱となるのが食事療法と運動療法。なるべく外食を避け、塩分控えめ、規則的なバランスのよい食事を心がけることがまずは大切。食べ過ぎも禁物で、偏食や深夜の食事はもってのほか。これだけでもリスクは相当軽減される。

次いで、ほどよい運動。仕事や家事の合間にストレッチ体操をするだけでもかなり違う。面倒であれば、エレベータを使用せず階段を使ったり、オフィス街を早歩きするだけでも効果はてきめん。太りすぎやメタボリックシンドロームに陥らないための日頃からの工夫が必要だ。適度の範囲内であれば、気分転換のための飲酒もあってもいい。

こうした現況を受けてタイ政府が進めているのが、国民向けの健康政策だ。17年を初年度に36年までの向こう20年間で生活習慣病の半減を目指している。その第1段階として取り組みを始めたのが、市場に流通する食品や食材に含まれる塩、糖分、脂肪の規制だった。

まず、やり玉に挙がったのが糖分だった。政府は一昨年、物品税法を改正。加糖飲料への課税を決め、含有量に応じて徴税する仕組みとした。タイを一度でも旅行した人なら分かるだろうが、タイの飲料は押し並べて甘い。食後に飲むお茶にさえ砂糖が含まれていることがある。政府は糖尿病や太りすぎの一因に砂糖の摂取過多があるとして、真っ先に取り組む対象としたのだった。

次いで規制の遡上に挙がったのが、心臓や血管に疾患を抱えるリスクを高めるトランス脂肪酸を含む部分水素添加油脂だった。トランス脂肪酸はファストフードやマーガリン、スナック菓子などに多用され、価格も安いことから広範囲な食品に用途が広がった。

ところが、欧米社会で人体への影響が指摘され使用が禁止されると、タイ政府も対策を検討。昨年7月、同油脂を使った食品の製造及び販売、輸入を180日後に全面禁止とすることを官報で公示。保健省食品医薬品委員会(FDA)が食品業界や関係機関に対し、円滑な規制実施に向け啓発活動などを続けてきた。結果、1月9日から水際での規制が始まったが、大きな混乱は出ていない。

そして残ったのが、最大の要因で最難関の塩分規制だった。直近の調査でタイ人は、基準の2倍以上の塩分を摂取していることが分かった。摂取過多は腎臓障害を引き起こす可能性があり、実際にタイ人の腎臓病患者は増えている。このため政府は、塩分規制こそが国民健康政策の本丸だとして、規制のための法律の施行を検討。素案によれば、缶詰やスナック菓子などを対象に初年度に10%程度、以後は段階的に拡大し25年ごろを目途に30%程度、摂取量を少なくするとしている。

これに対し、一部に反対意見もあるものの、食品業界の反応は概ね好意的だ。即席麺業界などではすでに2~3年前から対策を講じている企業も少なくなく、法律の施行が直ちに経営に与える影響は少ないと見られる。むしろ、影響が大きく懸念されるのは、タイに無数にあるとされる飲食の屋台だ。屋台は個人事業主がほとんどで法律の規制からも外れる公算が高い。このためFDAなどでは、さらなる啓発活動を進めることで健康回復への理解を広げたいとしている。(つづく)

 

タイ政府の国民健康政策をめぐる企業の主な動き
企業名 商品/ブランド 概要
タイヤクルト ヤクルトライト キャッサバとサトウキビ由来の甘味料を使った新製品「ヤクルトライト」を投入。砂糖の含有量を1.75%に抑えた。1本(80mm)あたりの乳酸菌シロタ株は約80億個と変わらない。同社はタイの乳酸飲料市場でシェア80%と圧倒。さらなる向上を目指す。
セッペ セッペ・ビューティードリンク 加糖飲料への課税を前に、砂糖の含有量を減らした新製品のラインナップ拡大を表明。年間1割の増収を目指す。主力の機能性ドリンク「セッペ・ビューティードリンク」は、高い脂肪燃焼率やリラクゼーション効果が得られるという点から高い支持を得ている。
ワールド・フーズ・インターナショナル jミックス/Mジョイ 果汁20%未満の低価格飲料メーカー。果汁入り飲料について砂糖の含有量を従来の12%から5%に引き下げたことを表明。通年で50%増の売上増目指す。販売網についても見直し、従来の地方中心から首都圏への進出を強めると表明。
ジャローン・ポーカパン・フーズ(CPF) スマート・シリーズ タイ財閥大手CPグループの食品開発企業。健康志向重視のベジタリアン向け冷凍食品「スマートミール」ほか、「スマートスープ」「スマートドリンク」「スマートソース」などを開発。好調なことから今後もラインナップを拡大させる方針。
タオケーノイ マイ・ウェイ 健康志向の高まりを受け開発した乳清飲料「マイ・ウェイ」が好調。昨年は女性をターゲットに絞った「マイ・ウェイ・ピンク・ダイヤモンド」も投入し、売上高を拡大させた。中部アユタヤ県に2億バーツを投じて新工場も建設した。
タイ・プリザーブド・フード・ファクトリー ワイワイ/クイック トムヤム味や豚挽肉味などのタイ人向け即席麺メーカー。政府の減塩政策については、2年前から減塩の製法を準備していたと表明。順次新商品を投入するとする。ブランドイメージ向上のため5000万バーツを投じてPR活動も強化。
イチタン・グループ イチタン/T247 船員帽のタン会長が率いる飲料製造・飲食店チェーンの大手企業。日本をイメージした茶飲料で成長を続けてきたが、近年は栄養ドリンク市場にも進出した。周辺国への輸出も拡大する計画で、加糖茶の砂糖含有量も減らしていく方針。
ティプコ・フーズ Tipco/オーラ 果汁飲料の大手メーカー。健康への関心の高まりから「スクイーズ」ブランドでのスムージースタンドも展開する。2020年までに100店舗を計画、シンガポールなどでの出店の検討も進める。オーガニックレストラン「オーガスト」なども展開。

 

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