タイ企業動向

第6回 新展開見せるタイの工業団地

産業集積地タイの製造業をハードやソフトなど多彩なインフラの面から支えているのが、バンコク北郊アユタヤ県や東部チョンブリ県、ラヨーン県などに広がる工業団地。多くの外国企業が進出に際し、その恩恵にあずかってきた。一方、タイ国内においては、こうした工業団地の開発が農業国だったタイの社会に変革をもたらし、産業立国としての礎を築くに至らしめた。タイ工業団地公社(IEAT)が民間企業と共同開発した「Industrial Estate」や民間独自の「Industrial Park」「Industrial Zone」。多くの場面で政府も後押しを続けた。その工業団地開発がこのところ、国内外で新たな展開を見せ始めている。タイで工業団地が誕生し、間もなく半世紀。最近の動きをまとめた。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

 

IEATのウィラポン総裁は今年初め、今年度(2015年10月~16年9月行政年度)の工業団地内における土地販売目標値を3000ライ(約480ha)とすると発表した。前年度は目標4000ライに対し2400ライしか売却できなかったことから、下方修正した格好だ。政府のファーストカー減税策の反動から自動車を中心に市場が冷え込みを見せてから2年余り。タイの工業団地の現場では、小規模な用地取得や小型の賃貸工場の申し込みなどは引き続き見られるものの、大型取引が手控えられるなど明らかな変化が生じ始めているという。開発・運営会社でも新たな展開を模索している。

チョンブリ県でアマタナコーン工業団地を、ラヨーン県でアマタシティー工業団地を開発・運営するアマタ・コーポレーション。華僑出身のウィクロム・クロマディットCEOが1989年に創業してから5年後の94年、タイの工業団地会社としては異例とも言えるベトナム進出を果たし話題を呼んだ。「ベトナムは、タイにはないものを持っている」。ウィクロムCEOが挙げるのは、1000キロを超す細長い国土とハノイとホーチミンという2つの大都市の存在だった。

アマタは現在、ベトナム南部ドンナイ省で「アマタシティー・ビエンホア工業団地」(約700ha)を稼働。約150社が入居する(うち日系が半分)。加えて新たに、同じドンナイ省で「アマタシティー・ロンタン工業団地」(約1285ha)を、北部クアンニン省ハロン市で「アマタシティー・ハロン」(約6000ha)の開発も進めている。南部では新たにロンタン国際空港が、北部ではラックフエン国際深港がそれぞれ数年後に開港を控えており、それを受けての展開だ。南北の大都市近郊に工業団地を分散化することで、リスクの回避やさまざまなニーズに応えることも可能になるとしている。数年で投資を集中し、一気にライバルとの差を広げる計画だ。

アマタのベトナム事業で特徴的なのが、当地で開発する工業団地を電子、化学、機械などの「ハイテク工業団地」と位置付けている点だ。少子高齢化が進むタイでは高付加価値製品や研究開発(R&D)機能を備えた団地運営を、人口増加が見込めるミャンマーでは労働集約型の団地開発を見据える。ミャンマーでは既に用地の確保も終えた。AECの発足で垣根が低くなったアセアン市場。経済回廊の整備を視野に、陸路で結ぶ未来図を描いている。

 

タイ国内で8つの工業団地を展開。内外から700社近くの企業誘致に成功し、産業クラスター制による先端的な団地運営で知られるヘマラート・ランドアンドディベロップメント。1988年設立のこの大企業も海外展開を掲げる。2015年に株式を取得し親会社となった賃貸倉庫・工場運営大手WHAコーポレーションと共同で、一体となった進出を計画中だ。

今年5月には、ベトナム北中部ゲアン省で2000ha級と1200ha級の2つの工業団地を開発することで省当局者と合意に達したとの地元報道があった。現地の政府系公社と合弁企業を設立、事業展開するものと見られている。関係者によると、年末までには出資負担等で合意、同時並行的に用地取得も進めたいとしている。親会社のWHAはインドネシアでの事業経験もあり、企業誘致にも有利に働くと期待されている。

日本の日鉄住金物産が約20%出資するロジャナ工業団地。アユタヤ県のほかチョンブリ、ラヨーン、プラチンブリの4県で計6つの工業団地を開発・運営する同社も、ここに来てアセアン進出を加速させようとしている。視線を向けるのは隣国カンボジアだ。タイ東部に物件を多数保有する同社。メコン川に架かる自動車橋の開通など南部経済回廊の整備を見据えた事業展開を描く。関係者によると、首都プノンペンとタイ国境を結ぶ国道5号線沿線を軸に、150-200ha級の用地開発から始めていく考えだ。

タイ国内で新たな工業団地のあり方を追求していこうとする動きもある。1971年設立、タイ最古の工業団地開発・運営会社のナワナコン工業団地。同社もタイの工業団地の将来像をR&D機能強化に置く1社だ。人口減から今後、ワーカー確保の困難が予測されるタイ市場。「多くの人を必要としない研究開発や高付加価値産業にこれからの団地運営は移行すべきだ」とニピットCEOは話す。団地のあるパトゥムターニー県には新たな都市鉄道「ダークレッドライン」が延伸されるとの計画もある。「工場の周囲に商業施設や病院、学校などを配置した新しい街を創っていきたい」としている。

70年代初頭に始まったタイの工業団地開発。豊富で安価な労働力を背景にあまたの外国企業の誘致に成功、世界の工場として長らく機能し続けてきた。だが、市場のグローバル化や自由化を受け、時代は大きく変わろうとしている。その行方が注目されている。(つづく)

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