タイ企業動向

第72回「ウクライナ危機がもたらす タイ産業界への影響」

大方の予想を覆すウクライナへのロシア侵攻から1カ月半。各地の前線ではウクライナ軍が健闘しロシア軍の前進を阻んでいるが、農業や鉱工業といった主要な国内産業は壊滅的な被害を受け、復興や再開の道すら見通せないものが少なくない。影響は海外市場にも波及し、半導体生産や小麦市場などにも色濃く価格上昇の波が押し寄せている。その流れは遠く7000キロ超離れた東南アジアのタイでも無縁ではない。部品部材や食品価格は急上昇。企業活動や家計を襲っている。明るい兆しの見え始めた観光業に対しても無残に直撃しようとしている。ウクライナ危機がもたらしたタイ産業界への影響を概観する。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

2月24日に始まったロシア軍によるウクライナ侵攻の影響は、直ちにタイにも広がった。経済社会開発委員会(NESDC)によると、2月の消費者物価指数は前年同月比5.28%増の104.10と急上昇。リーマンショック時の2008年9月以来の高い伸び率となった。NESDCでは直ちに鈍化する要素に乏しいとして、向こう3カ月間は混乱が続くと予想。伸び率も最大で7%超になるとした。国内総生産(GDP)成長率予測も今後、2%割れまで下方修正される可能性さえある。

影響が最も大きいのは、先進各国などからの経済制裁でロシア産の原油や天然ガスが市場に放出されにくくなり、引き起こされる原油高だ。すでに指標となる各種原油価格も1バレル100米ドルの大台を超えて高止まりする見通し。ディーゼル燃料、ガソリン、航空燃料、各種エネルギー源などへの波及は必至の情勢だ。米国市場では200~300ドル台まで高騰するとの見方もあり、輸送、航空業界にとどまらず多方面で直撃を受ける。

輸出が牽引する自動車産業では早速、見直し作業が始まっている。2021年のタイ国内における自動車生産台数は約169万台。新型コロナ感染症が始まった20年から18%増の回復で、今年に期待が寄せられていた。タイ工業連盟(FTI)が年始に掲げた今年の目標生産台数は輸出用が100万台、国内向けが80万台の計180万台。23年中のコロナ禍前水準への復帰を目指していた。

だが、ウクライナ危機からこうした期待も絶望的となり、下方修正に向けた試算の作業を開始した。中でもウクライナが、半導体製造過程で使用されるネオンガスの産地である点が大きく憂慮され、供給減が半導体生産を直撃する可能性があると指摘。ロシアがEVバッテリーに欠かせないニッケルや触媒コンバーターのパラジウムの生産地であることも加わって、原材料不足から生産台数そのものが落ち込む公算が高いと説く。

影響は、重厚長大産業にとどまらない。ウクライナ、ロシアともに世界有数の小麦やトウモロコシの輸出国。生産量の減少や貿易規制などからすでに価格上昇が始まっている。タイ国内の主要即席麺メーカーでは原材料価格の上昇の理由に4月から卸値の値上げに踏み切った。年初から家計を直撃していた豚や鶏など食用肉や鶏卵などの価格高騰も依然続いており、ウクライナ危機は物価上昇をさらに加速させる可能性が高い。

こうした動向の間接的な影響を懸念しているのが、GDPの2割を占めるとされるタイの観光業だ。コロナ禍前の19年に3兆バーツ(約10兆円超)あった観光収入は、4割を割る水準にまで落ち込んでいる。タイ国政府観光庁では22年の観光収入についてウクライナ侵攻前は1兆2800億バーツと試算していたが、早くも暗雲が立ち込めている。政府は入国申請システム「タイランド・パス」の使い勝手を良くして外国人観光客を呼び込む方針だが、効果の行方は不透明だ。(つづく)

 

22年7月25日掲載

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