タイ企業動向

第4回 高付加価値化目指すめっき技術

金属などの対象物を酸化や錆等から守るために表面を薄膜で覆う化学技術がめっき(鍍金)。物体に対する主要な表面処理方法の一つで、千数百年以上も前にはすでに人類が実用化に成功していたとされる。もともとは防食や防錆といった防護が主目的だったが、その後は用途が拡大。非金属物体に施す装飾めっきも考案されるようになった。さらに近ごろは、皮膜そのものに表面硬化や磁気など特別の性能を持たせる機能めっきも。自動車など産業が集積するタイで今、様々なめっき技術が浸透をしようとしている。その原動力となっているのが日本の職人による匠の技だ。連載4回目は高付加価値化を目指すめっき技術の現場を取り上げる。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

 

タイでめっき産業が大きく語られるようになったのはつい最近のこと。鉄鋼メーカーが扱う自動車向け鋼板や土木工事などに使用される鋼線、さらには自動車等の部品は、もっぱらめっき処理が施されたものが海外市場から輸入をされていた。ところが、部品メーカーなどの積極的なタイ進出を受け、2000年代に入るとめっき関連企業が一斉に進出を検討。08年のリーマンショックや11年の東日本大震災などで多少の足並みのズレはあったものの、タイの製造現場のすぐ隣でめっき事業が展開されるようになった。大手鉄鋼メーカーも最近になって溶融亜鉛めっきや亜鉛アルミ合金めっきのラインを現地工場に置くようになった。

新潟県上越市に本社を置くプラント事業の田辺工業は1996年に現地法人タナベ(タイランド)を設立。業界内でのタイ進出は早い方だが、もともと事業の多角化のための進出だった。直後にバーツ危機が発生。撤退も検討したというが、ハードディスク部品の依頼をきっかけに少しずつ業績を拡大。今では自動車部品やHD部品、電子部品など亜鉛めっきに無電解ニッケルめっきと多彩な表面処理事業に取り組んでいる。97年に現地法人を設立した日本カニゼン(東京)も古参企業の一つ。55年に日本で初めて無電解ニッケルめっきの技術を確立した老舗で、別名「カニゼン・メッキ」と呼ばれる高い技術力はタイ市場でも高い評価を得ている。

 

2000年代に入ると、ニッチながらも精度の高いめっき技術を持つ企業の進出も相次ぐようになる。例えば、長野県に本社を置くシンセイ。コンピュータの中央演算処理装置(CPU)に使用される半導体チップは集積度を高めるにつれ放熱が激しくなる。この放熱箇所に部分的に金めっきなどを施し、制御するのがスポットめっきの技術。この作業ができるハイテク装置を同社はタイ子会社のシンセイ(タイランド)で保有する。局所めっきができる数少ない会社として知られている。

タイ資本ながらも難度の高いめっき処理に取り組む企業もある。92年に創業したTHAI MEKKIグループ。2つのグループ内企業を持ち、07年からは福島県西会津町のめっきメーカー会津技研と業務提携。匠の技を持つ職人を招いて技術力向上に努めている。高性能スマートフォンなどに搭載される低温焼成積層セラミックス基板(LTCC基板)の表面処理や高難度の三層めっき。小ロットにも柔軟に対応する。タイ企業でありながら取引先は9割が日系企業。今後も高付加価値製品の開発を目指して、さらなる研究を重ねている。

東京で創業80年を超えたヒキフネは少し変わった戦略をタイで立てている。1998年開催の長野オリンピックで公式メダルの受注を手掛けたことのある技術力一筋の老舗。指先で凹凸をわずかに感じ取ることのできる高級装飾めっき「ハイプレート」は、まさに技術の結晶。めっきの世界に独自の美をもたらしたとされる。マスキング技術と呼ばれるこの技法はめっきを多層に組み、プレスなどでは表現できない繊細でシャープな造りに仕上がるのが特徴だ。完成品はさながら高貴な金属加工品のよう。中間所得層を中心に経済力の向上するタイで、家具やインテリア、服飾など新たな装飾品需要に応える切り札として期待が持たれている。

 

最近になっても新たな進出の動きが広がっている。2013年に現地法人奥野アジア(タイランド)を設立し、提携先でめっき薬品などの委託生産を続けてきた奥野製薬(大阪市)。自動車や電子部品など取引先需要の拡大を受けてこのほど自社工場の建設を決断した。バンコクから東に約40kmのアジア工業団地スワンナプーム内に1万6000㎡の敷地を確保。ここに延床面積約5000㎡の工場を建てる。操業開始は来年4月を見込んでいる。売上高倍増を目指す。

付加価値の追求や販路拡大を求める一方で、環境に対する意識が高いのも最近の企業の特徴だ。埼玉県に本社のある亜鉛めっき専業メーカーの新和エコーは、タイではまだ実例が少ないベーキング炉のライン化に成功、品質第一を掲げる。その一方で、欧州連合(EU)が進める特定有害物質の規制「RoHS指令」の対策も講じる。人体や環境に有害とされる有害金属の使用を制限。「企業の社会的責任」とする。前述のシンセイも「タイを汚さない」を合言葉に、日本国内と同水準の排水処理施設や大型ガス洗浄塔などを設置して環境の維持に努めている。従来はガスボイラーを使用していたがこれを取りやめ、入居するロジャナ工業団地一帯にある火力発電所の余剰蒸気に変更。これをエネルギー源としている。

かつては防食、防錆から始まっためっきの技術。産業が高度化し市場が成熟していくタイで、機能めっきや装飾めっきなど新たな需要とともに広がりを見せている。カギとなるのは高付加価値化。今後のめっき市場の行方が楽しみだ。(つづく)

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