タイ企業動向
第34回「タイの栄養ドリンク市場」
今や、コンビニエンスストアやスーパー等ほとんどの小売店に品揃えされている栄養ドリンク。タイでも例外ではなく、嗜好飲料品として冷蔵コーナーの陳列棚に当たり前のように鎮座している。その数、マイナー仕様の違いも含めれば10数種。ところが、ジュースやお茶などの飲料とは異なって日本を含む海外メーカーのものは意外と少なく、並んでいるのはあまり馴染みのないタイのメーカー品ばかり。しかもタイ語標記に、動物のイラストが描かれた奇っ怪なラベルもありと、手に取るのすら躊躇する人もいるのではないだろうか。タイ企業動向の今回は、少しだけ歴史を紐解いてみると面白い、そんなタイの栄養ドリンク市場がテーマ。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)
疲れた時の栄養補給としてタイ在住の日本人にも最も知られた存在が、鷲のマークでお馴染みの大正製薬が販売する「リポビタンD」。標準的な1本の小売価格は12バーツ(約40円)と超格安。一つ格上の「リポビタンDプラス」でさえ15バーツでしかない。1962年に日本で発売されて以降、爆発的なヒットを生み、タイでも65年から販売を開始。以来、40年以上の長きにわたってタイの市場で存在感を示してきた。
ところが、タイの消費者にとって真っ先に挙がる1本と言えば、メラメラと燃える鮮やかな陽光を背景に赤い2頭の野牛が向き合うマークで知られた「レッドブル(タイ名:クラティンデーン)」。世界160カ国以上で販売され、同種の飲料としてはシェア世界一を誇るお化け商品。ところが、これが華僑2世の製薬商が独自に開発した商品で、タイが発祥であることを知る人は意外と少ない。創業家の名は大富豪の「ユーウィッタヤー家」。彼らこそが当地で栄養ドリンク市場を作り上げた〝中興の祖〟なのである。
創業者のチャリアウ・ユーウィッタヤー(許書標、1924~2012年)が自ら興した製薬会社「TCファーマシューティカル・インダストリー(現:TCPグループ)」から「クラティンデーン」を発売した当時、市場はリポビタンDの天下だった。チャリアウは商品名を浸透させようと、工業団地や港湾施設に物資を運ぶトラック運転手に向け大量に無料サンプルを配布。ロゴに使用したガウル(ウシ科の大型野牛)に親しみが持たれたことや比較的多量のカフェインが含まれていたこと、さらに安価だったことから肉体労働者を中心に爆発的ヒットを呼び、瞬く間に市場に広がっていった。
その後、オーストリア人のビジネスマン、ディートリッヒ・マテシッツと合弁事業化を進めることとなり、レッドブル社(本社・オーストリア)が設立。マテシッツはクラティン・デーンに独自の配合を加えることで、世界各地に適合した栄養ドリンクを考案。名前も「レッドブル」シリーズに統一し、世界制覇を目指して今日に至っている。一時は国内市場の3分の2のシェアを確保するまでに急成長を遂げた。
地元業界の調査によると、タイ国内の現在の栄養ドリンク市場は約300億~350億バーツ(約1000億~1200億円)。ここでレッドブルはシェア20%弱の3位につける。首位はオーソトサパーの「M150」で約45%。2位はカラバオ・グループの「カラバオデーン」で約25%と、後発2社の後塵を拝してはいるものの、急速に市場が拡大しつつあるスポーツ飲料市場(市場規模60億~70億バーツ)ではレッドブルの「スポンサー」が80%超という驚異的なシェアを独占しており、高付加価値飲料全体で見た場合の圧倒的な地位に揺ぎはない。グループの年間売上高はダントツの約350億バーツ超。22年までに1000億バーツに引き上げる絵図を描く。
「レッドブル」の名が世に知られているのは、それだけではない。ユーウィッタヤー家はグループの実質的筆頭株主。米経済誌フォーブスが発表する長者番付でも毎年上位に付け、現2代目総帥のチャルーム氏の18年総資産は前年比68%増の約212億米ドル(約2兆4000億円)。タイで第3位にランキングされる大富豪なのである。12年に起こったチャリアウの孫による警察官ひき逃げ死亡事件では、使用人を身代わり出頭させるなど世間の注目を集めた。孫は長期勾留もされず、時効が成立して罪に問われることもなかった。大富豪ユーウィッタヤーの力を示す逸話として広く知られている。
こうした巨大ガリバーに戦いを挑んでいるのが、栄養ドリンク市場で現首位のオーソトサパー(総売上高約260億バーツ)と2位につけるカラバオ・グループ(同130億バーツ)。前者は一昨年、英蘭系の消費財メーカーであるユニリーバの元経営幹部を社長に招聘。大がかりな組織改革や投入商品の見直しを進めるとともに、ミャンマー市場にも進出を果たした。一方、カラバオ・グループは「打倒レッドブル」には中国市場でのシェア獲得が必要だと判断。3億米ドルを投入して敵の牙城の切り崩しを進める。いずれも原動力はライバルへの飽くなき対抗心だ。
1本わずか10バーツからとはいえ、嗜好の多様化や政府が進める飲料品の減糖政策など、タイの飲料市場の前途は決して明るいとは言えない。だが、タイローカルの開拓者たちは虎視眈々と次なる市場の獲得に向けて照準の見直しを進めている。仁義なき戦いは既に始まっている。(つづく。写真は各社の資料から)
関連記事
泰日工業大学 ものづくりの教育現場から
第38回『TNI生と日系企業幹部との懇談』
タイでものづくり教育を進める泰日工業大学(TNI)の例をもとに、中核産業人材の採...
泰日工業大学 ものづくりの教育現場から
第66回『TNI卒業生の大学評価』
タイでのものづくり教育を進める泰日工業大学(TNI)の例をもとに、中核産業人材の...