タイ鉄道新時代へ

【第82回(第3部42回)】 中国「一帯一路」の野望・番外編4

中国が進める国家政策「一帯一路鉄道」の建設計画は、雲南省昆明から南に進めばラオスを経由してタイ・バンコク方面へ。南西に進めば国境の街ミャンマー・ムセから中部第2の都市マンダレーを経由、インド洋に面する港湾都市チャオピューに至る、ともに2000キロを超える壮大な鉄道網計画だ。「帝国」の威信に賭けて進められているそれは、21世紀になってようやく実現した漢民族による怨念の復讐劇にも見える。世界規模のコロナ禍にあっても歩みを止めない中国政府。刻一刻、着々とその事業化計画は進行を続けている。

2020年8月6日。中部マンダレーから東に車で2時間ほど走った避暑地街ピンウールイン(旧メイミョー)。在来線も通るこの町の地方裁判所法廷で、法衣に身を纏った裁判長は少数民族武装勢力の被告4人に、国軍施設と有料道路の料金所などを襲撃・爆破した罪で禁固35年の判決を言い渡した。判決で裁判長は、「軍施設の破壊はもとより、中国との主要な貿易路を麻痺させた罪は大きい」と断罪した。  事件は19年8月15日に起こった。シャン州に支配地域を持つトーアン族のタアン民族解放軍(TNLA)とコーカン族のミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)、それに西部ラカイン州を拠点とする仏教徒ゲリラ組織アラカン軍(AA)の3勢力で構成する「兄弟同盟」が、ピンウールインにあるミャンマー国軍の施設「技術学校」の校舎や車両、ムセに通じる国道3号線の料金所や主要な橋3カ所を爆破したのだった。  これにより、大動脈であったマンダレーとムセを結ぶ陸上輸送がストップ。直後の17日にはシャン州チンシュエホーに通じる橋も爆破され、雲南省清水河に至る交易路も寸断された。ムセの北西30キロにあるカチン州ルウェジェでも安全上の理由から輸出入が停止された。  このため、カチン州北部のカンピケティが急きょ代替ルートとして開放され、中国市場を目指すミャンマーからの積み荷はムセから北に約160キロの同地を目指すことに。だが、山岳道路に加え燃料代も跳ね上がることから、期待ほどの役割を果たすことはできなかった。事件は、ミャンマー東北部や北部の脆弱な安全保障の実態を露呈させた。

国軍との戦闘を継続するミャンマーの少数民族武装勢力は、東北部シャン州と北部カチン州、それにバングラデシュと国境を接する西部ラカイン州に集中する。兄弟同盟にカチン州のカチン独立軍(KIA)を加えた4勢力で組織するのが「北部同盟」で、大幅な自治権の拡大を要求しており、政府との停戦協議は難航している。  このうち、最も戦闘的とされるのが2009年に結成したばかりの戦闘員1万~2万人のラカイン人組織AA。これを資金面や戦術面で支えているのが、設立から半世紀以上の歴史を持つKIAとなる。コーカン自治区を拠点とするMNDAAやパラウン自治区のTNLAもゲリラ戦では百戦錬磨。結成間もないAAにとっては、彼らから受ける軍事教練が戦闘力向上の基礎となっている。  そのAAがスー・チー政権から「テロ組織」の指定を受けたのは今年3月。新型コロナウイルスの感染拡大で他の武装勢力との一時停戦が進む中、同組織だけは対象から外され、連日激しい戦闘が繰り広げられている。AAは4月以降、コロナを理由に一方的停戦を宣言しているが、国軍は一切応じようとはしていない。

戦闘を続ける少数民族武装勢力が期待を寄せるのが隣国中国の介入だ。政府が条件とする無条件の停戦はあまりにもリスクが高すぎる。国内経済に強い影響力を持つ中国が関与することで、早期の和平と有利な条件の獲得が進むと読む。  一方、ロヒンギャ問題などで孤立化が進むミャンマー政府も中国との関係だけは、最も緊密にしておきたい重要な外交ルート。貴重な外貨獲得先でもあるが、アジアの超大国が実質的に国内問題に関与してくる事態だけはどうしても避けたいところだ。  だが、それ以上に中国はしたたかだ。表向きでは、内政不干渉を謳っているものの、国境を接するカチン州などでは現地の武装勢力と中国企業が土地の賃貸契約を結んだうえで工場を建設するなど結びつきを強化している。契約にミャンマー政府は口を挟めない。  国内初の高速鉄道「ムセ・マンダレー鉄道」をめぐって、各界の専門家たちが最大リスクと口を揃えるのが武装勢力との戦闘を念頭に置いた地域の安全保障問題だ。鉄道の建設に先立って、それが中国の関与によって一気に解決が図られるとしたら…。先の先を見据えた「一帯一路」の駆け引きが始まっている。(つづく)

20年10月1日掲載

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