タイ鉄道新時代へ

【第97回(第4部13回)】インドシナ・マレー半島縦断鉄道構想/タイ中高速鉄道2 バンスー中央

「インドシナ・マレー半島縦断鉄道構想」の要とも位置づけられる「タイ中高速鉄道」は2029年の完工が予定され、30年代には全線開業の運びとなる見通しだ。新型コロナウイルスの蔓延などで工事が遅れ、わずかに第1期工区のバンスー中央~ナコーンラーチャシーマー間(356キロ)の一部で着工されたに過ぎないが、発着駅となる中央駅は21年8月に開業し、一足先に都市鉄道のレッドライン2系統が運行を開始している。今後はエアポートレールリンクの延伸・乗り入れや、ドンムアン・スワンナプーム・ウタパオの首都圏3空港を結ぶ「3空港連結高速鉄道」の新設、さらには広大な駅周辺一帯が商業エリアとして開発される計画だ。企画内小連載は今回から、停車駅ごとにその概観を紹介していく。まずは、バンスー中央駅から。(文と写真・小堀晋一)

バンスー・ジャンクション(分岐)駅と呼ばれる旧駅の東側に広がる約2325ライ(372ヘクタール)の広大な土地。この南端付近に新設されたバンスー中央駅がある。駅舎の長さは南北に約600メートル、横幅約250メートル、高さ43メートルと東南アジア最大級。地上3階建て地下1階の4層造りで、延床総面積は約27万平方メートルもある。長さが約335メートル、延床面積が約2万平方メートルの東京駅丸の内駅舎と比べて、長さで2倍、面積で13倍超の巨大なマンモス駅だ。
地下に1700台駐車できる巨大駐車場、1階は切符売り場と売店、飲食店など。2階は軌道1000ミリのメーターゲージを採用するレッドラインなど都市鉄道のプラットホームが島方式で6面12線配置され、数分から十数分刻みで発着を繰り返す計画だ。3階には本稿で取り上げているタイ中高速鉄道や延伸・乗り入れを予定しているエアポートリンク、3空港連結高速鉄道(以上標準軌1435ミリ)や北部・南部行きの長距離列車が入線する予定で、こちらも同様に計6面12線が確保されている。
当初計画では、これより南のフアランポーン(バンコク中央)駅までの全区間を廃止し、バンスー中央駅に一点集約するプランもあった。しかし、旅情ある築125年の旧ターミナル駅の存続を求める世論が大きく、近郊列車区間として併存して運用していく方針に転換された。バンスー・ジャンクション駅も地上駅として3面4線を維持することが固まっている。  一方、新駅舎の2階ですでに運行を開始しているのが都市鉄道のレッドライン。同様に21年8月に一部区間が先行開業した。現在走行するのはバンスー中央からバンコク北郊パトゥムターニー県ランシットまでダークレッドラインと、中央駅から折り返すように出発して西進し、タリンチャンに至るライトレッドラインの2系統。ダークレッドラインはさらに南に延伸してフアランポーンを経由、バンコク西郊サムットサーコーン県にある水産の街マハーチャイを結ぶ計画がある。
バンスー中央駅がこれほどまでに注目されるのは、駅舎の規模もさることながら、東京ディズニーランド8個分という巨大な敷地面積を持つからだ。政府は「バンスー中央駅周辺総合開発計画」を策定して大規模な商業開発を計画しており、この場所をバンコクの「副都心」とする考えでいる。最先端のIT技術や再生可能エネルギーを活用した高効率の都市型地域冷暖房、さらには域内を走る電気バスを導入するなどスマートシティーを建設する意向だ。開発資金の調達先として、日本など外国資本も呼び込む考えでいる。
用地はA~Iの9つの街区に区分され、官民連携(PPP)方式での開発を予定している。モデルにしているのが、みなとみらい21(横浜市)などの日本の都市開発で、オフィス街やショッピング街、ホテルといった商業施設のほか、国際会議や展示会、見本市などが開催可能な大規模集客施設の建設を見込んでいる。土地を所有するタイ国鉄は21年4月に資産管理会社のSRTアセットを設立。運用の効率化も進めている。一部区間の借地期間を最大で50~60年とすることや、都市鉄道の運行権と抱き合わせで民間出資を募る考えだ。
もちろん、バラ色ばかりではないだろう。新型コロナで疲弊した民間資本に、高額な事業資金が賄えるかという懸念もある。政府は年内にも落札企業を公表したい考えで入札の準備を進めているが、結果次第では再入札といった事態も想定される。テナントの出店費用や広告費用も今後、上昇が見込まれるだろう。だが、27年に35万人、32年には62万人と試算されるこの地域における旅行者需要を考えた時、消極姿勢を選ぶ選択肢は政府にはない。(つづく)

2022年9月12日掲載

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