タイ鉄道新時代へ

【第55回(第3部第15回)】ラーマ5世が視察したジャワ鉄道その6

即位後間もない国王ラーマ5世(チュラーロンコーン大王、治世1868~1910年)の足跡を訪ねる蘭印(現在のインドネシア)ジャワ島への旅も今回が最終回。18歳の若き王は欧米列強との力の差を目の当たりにし、鉄道敷設による近代化の必要性を痛感したに違いない。帰国後、王は側近に対し鉄道建設を命じ、四半世紀あまり後の1897年、タイで初めてとなる官営鉄道の運行が始まった。それからさらに半世紀。欧米列強による支配からの脱却を目指す初のアジア・アフリカ会議(バンドン会議)が開かれたのは1955年のこと。その会場となったのもインドネシアのジャワ島だった。今次の旅の最終回は、会場地となり当時の興奮が今も残る西ジャワの州都バンドンから首都ジャカルタにかけて。(文と写真・小堀晋一)

午後11時30分に予定の長距離夜行列車「MALABAR91号」は定刻通りに古都ジョグジャカルタ駅を出発した。バンドンまでは長駆約390キロの道のり。到着予定時刻は翌朝午前7時48分だった。この列車もこれまで同じように座席はリクライニング席となっているだけで、日本にあるような寝台設備は一切ない。女性の車掌から受け取った毛布に包まり、冷房の中を朝までしのがなくてはならなかった。

朝日が昇るころ車内がにわかに騒がしくなった。車内アナウンスも流れるようになる。もうあと1時間ほどでバンドンに到着の見込みだった。車窓の向こうでは水田が一面に広がっていた。向こうの山々には美しい棚田も。米作りの文化が色濃く残るインドネシアで、日本の原風景に似た景色を楽しむことができた。

バンドン駅にほぼ定刻に到着。駅前には客をつかもうと、おびただしいほどのタクシーの群れ。その中から気立ての良さそうな初老のタクシー運転手を捕まえて、バンドン会議の会場跡まで行ってくれるよう頼んだ。英語は全く通じなかったが、「バンドン・カンファレンス」という語だけは意思疎通ができた。運ちゃんは「OK、OK」と親指を立てる。会話はダメでも歴史上の名を共有できたことが嬉しかった。オンボロ車のハンドルを握ってさあ出発。ここでも運行する車両は日本の中古車が多かった。

市内はすでに渋滞が始まっていたが、運転手が近道を進んでくれたことで午前8時半すぎには跡地に着くことができた。建物には「MUSEUM KONPERENSI ASIA AFRIKA」の文字。下段の英文字表記から「KONPERENSI」がインドネシア語で「会議」という意味であることが分かった。なるほど、現在は博物館という位置づけなんだ。

1955年4月18日から24日まで当地で開かれたバンドン会議は、第2次世界大戦後にアジア・アフリカ各国が独立を達成していく中で、反植民地主義、東西冷戦に与しない、当時の言葉としては「有色人種」による史上初の国際会議として開催された。アジアから23カ国、合計29カ国が出席。インドのネルー、中国の周恩来、エジプトのナセル、インドネシアのスカルノら蒼々たる顔ぶれが集った。51年のサンフランシスコ平和条約の締結を受け、独立した日本からも政府代表が参列した。

会議は10年後に第2回会議を開催するとして、世界平和、民族自決を盛り込んだ平和十原則を採択し再会を誓った。だが、その後の国際社会はベトナム戦争の勃発、資源ナショナリズムの台頭、イスラム原理主義勢力の拡大などで再び混乱期を迎え、ついに開催されることはなかった。現在では、バンドン会議を記念する国際会議が50周年以降、100カ国以上の国々が集まって行われている。この日はあいにくの閉館日で中は見ることはできなかったが、歴史的なたたずまいに暫し感動をした。

博物館を後にした記者(筆者)は、感動も冷めやらぬ中をバンドン駅へと急ぎ向かった。取材の都合で夕方前までにジャカルタに到着する必要があった。目指す最後の列車は、午前11時35分出発予定の一等列車「AGRO PARAHYANGAN23号」。終着駅まで約150キロ、3時間と22分の旅だった。朝昼兼用の食事は、車内販売の弁当を利用することにした。

バンドン駅構内は多くの乗客らでごった返していた。首都圏ではすっかりと乗用車や長距離バスに取って代わられた鉄道だが、地方の都市では住民らの足としてまだまだ健在のようだった。ホームでは女性車掌が丁寧にも出迎えて案内をしてくれた。指定された号車座席に腰を下ろすと、ほどなく発車のベルが鳴った。さあ、旅もいよいよ最終だ。

今から約150年前に始まったジャワ島の鉄道敷設工事。その数年後に訪れたのが即位後間もないタイのラーマ5世だった。ジャワ鉄道はその後路線を拡大。この国の発展を支えるとともに、東南アジア各国へと広がっていった。車中2泊3日、総延長1600キロを超える今回の旅。鉄道が果たしてきた歴史的役割を改めて実感した。(つづく)

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