特集 タイEV新時代

地球環境問題への懸念から先進国を中心に各国が開発、普及に力を入れている次世代自動車。電気自動車(EV)はその最たるものだ。自動車産業が集積するタイも、時代の趨勢に乗り遅れまいと、政府が各種の政策を推し進めている。100年に一度とも言われる自動車産業の変革期。アジアのデトロイトは生き残ることができるのか。

徐々に増えるタイのEV 目標は2036年に120万台

EVをタイの新たな産業に押し上げる力が増している。タイ国内のEV普及を推進させる動きと、従来のバランスに配慮する動きがいよいよ力を増し、各方面からの意見聴取が計画や支援政策、投資の意思決定のベースとして重みを増している。タイEV協会のヨサポン・ラオーヌワン会長は「協会としてはバッテリー充電施設を展開するプロジェクトを支援します。エネルギー保護を進める基金からサポートがあります。官民ともに充電施設の展開が奨励されています。協会はプロジェクトを管理し、プロジェクトの支援者を選別する役割を担います。それらの結果を委員会に提案して検討してもらいます。協会は各研究施設の専門家を招いて、EVの年次学術セミナー、EVおよび関係部材の展示会を開催して市民のEVへの理解をより広く、深くする活動を進めます。研究開発、製造とそれぞれ立場がありますが、使用者たるユーザーの理解が確立しなければEVは普及しません。研究開発、製造、そしてユーザーがタイ市場で足並みをそろえて動かなければなりません。市場において効率的に動くことが大事です」と語る。

タイでEVの登録台数は着実に増えてきている。昨年、タイのEVの登録台数は各種合わせて1,454台。その内、電動バイクが1,110台、乗用車が201台、バスが85台、三輪車(サムロー)が58台を占める。また昨年、新規登録されたEVは全部で325台だった。メーカーの投資方針、政府の奨励政策が二重の効果となって、昨年のEVの使用率は83%増となった。

今年のEV(ハイブリッド、プラグインハイブリッド含む)の販売台数は前年比76%増の37,000台と予想され、うちハイブリッド(HV)が26,050台、プラグインハイブリッド(PHV)が12,050台、バッテリー式EV(BEV)が400台となる見込み。最近、タイ投資委員会(BOI)はHVのパッケージに対してトヨタ、日産、ホンダ、マツダの投資計画を認可した。総額500億バーツの投資になる。「どのメーカーもEVなどの販売に力を入れており、今年は明らかに前進の年となります。タイ国内のニーズが増大しています。加えて政府の環境保護その他の政策も進んでいます。HVの普及が燃料車からEVへの移行の転換点になります。一般の意識と充電施設の立ち遅れで、HVが当面の主役を担うことになります」。

タイの計画では、2036年までに120万台のEVの普及が目標に置かれている。計画は4期に分けて進められ、第1期が2016~17年。バッテリーの研究開発の認可ないしは申請のための法制の整備、公共バス200台による試行、特殊車両のEV化、充電施設その他の関連施設の準備などに力が入る時期にあたる。

第2期が2018~20年。バッテリー、モーターの性能向上およびEVの台数、充電施設を増やすことが第一となる。第3期が2021~35年、目標通りの研究成果を上げる時期とされ、そして第4期の2036年以降、燃料車からEVに完全に切り替わる時期になる。

ヨサポン会長は「現在、国内には220カ所の充電施設があります。サイアムパラゴンの駐車場をはじめ、サイアムカーパーク、クリスタルデザインセンター(CDC)、マックスバリュのクーボーンとラックシー支店、ワタナーオートセールス&サービス、クンオーム・キッチンなどがすでに有名ですね。今年は150カ所の充電施設が増えるでしょう」と語る。

メーカーの投資、政府の政策が 今年のEV市場を振興

今年も環境に優しい車、とりわけEVが引き続き市場に歓迎されるとヨサポン会長は見る。昨年同様にガソリン価格の高止まりが続き、消費者の目がEVに向く。さらに2つの要因が作用するとする。「メーカーによるEVへの投資の進行と政府のEV普及の奨励策が今年は急速に具体化します。エコカープロジェクトにEV普及がドッキングして、“エコEV”という動きになり、エコカーレベルでのHV、PHV、EVの増産が進むでしょう。これらの政策のもと、EVの普及が一層進むだろうと協会は見ています。とりわけエコHVが焦点になるでしょう。すでにメーカーは技術と資金の準備が整った所から、チャンスを求めてマーケティングを始めています。エコEVは他の種のエコカーよりも消費者を引き付けるという読みがあるようです」。

エコEVもまた他のEV生産プロジェクトと同様に、物品税などの優遇措置を受けられる。HVのエコカーの販売価格は、メーカー各社が横並びになり、また普通のエコカーよりやや高いといった程度で、際立った格差は生じないと見る。HVのエコカーがEV普及の牽引役となると見通す。同時にまた新たなエコカーのスタンダードに定着する。

EVは今年も成長する勢いだが、自動車市場全体は鈍化も予想されている。メーカー各社は新車を発表し、また総選挙の経済効果もあり、政府の奨励・民間の投資ともにプラス要因になっているが、会計債務が高止まりで車を買う余力がなくなり、自動車ローン各社も不良債権が増えて審査を厳しくしている。

PHV、BEVのエコカーは、メーカーの技術的の準備ができるまで多少時間を要するものと協会は見る。またバッテリー本体の値下がりも、さらに求められるだろう。2036年までに120万台のEVを走らせるエネルギー省の目標について、ヨサポン会長は「120万台の目標には届くでしょう。あるいはそれ以上になるかもしれません。政府の奨励策、メーカーの増産に加えて、充電施設も含めたインフラの拡充が格段に進みます。そこで重要になるのは、いかにして消費者にEVを買っていただくかということです。現在、EVはまだまだ高価で、これをどこまで適正な水準まで下げられるかという点ですね。生産台数も微々たるものです。しかし将来的には120万台も夢ではありません。まだ計画には時間が残ってます」と楽観的だ。

日本発EV、タイで量産スタートへ

日本のベンチャー企業、FOMM (First One Mile Mobilityの略、本社:川崎市幸区)が開発した超小型EV「FOMM ONE」が、いよいよ3月末からタイで量産をスタートし、随時顧客の元へ納入される予定だ。

FOMM ONEは4人乗りでボディーサイズは2585mm×1295mm×1560mm。都市部の利用を想定し、4個の着脱式リチウムインバッテリーを搭載、満充電なら最長約160キロメートル走行可能となっている。充電時間は家庭用の電源で7.5時間ほど。将来的には各地にバッテリーステーション網を構築し、交換利用も目指す。駆動力はインホイールモーターを付けたフロントタイヤが確保。運転者によるアクセルとブレーキの踏み間違いを防ぐ、ステアリングアクセルを採用している。水害などの緊急時には水に浮き、極低速で移動することもできるのも大きな特徴だ。2011年の東日本大震災から着想を得た。ただし、水陸両用ではないため、水上走行後はメンテナンスが必要だ。

タイには2016年に現地法人FOMM(ASIA)を設立。昨年のバンコク国際モーターショーからFOMM ONEの予約受付を開始した。価格は66万4,000バーツ。「男女問わず若い人からお年寄りまで」(鶴巻日出夫CEO)という顧客層で、既に600台ほどの予約が入っている。南部プーケットから購入に来た顧客もいたという。そして、チョンブリ県アマタシティーチョンブリ工業団地内の生産工場で委託生産をこのほど開始し、月800台、年間1万台の生産を目指す。既にタイ投資委員会(BOI)の事業認可も取得している。開発と量産の違いを鶴巻CEOは「プロトタイプは1台、2台と作れますが、量産は資金も必要。何より品質を一定に保って、たくさん作るのが難しい」と話す。

当初の現地調達率は70%ほど。モーターは日本のシンフォニアテクノロジーと共同開発したものをシンフォニアテクノロジーが生産し日本から輸入するが、バッテリーはシンガポールのデュラパワーテクノロジーがライセンス供与したタイの企業から調達する。今年のバンコク国際モーターショーから本格的に販売する。地方電力公団(PEA)のグループ会社PEAエンコムインターナショナルと販売代理店契約を結んでいる。PEAエンコムによるショールームの設置も計画されているという。

タイのエネルギー省は2036年までに120万台のEV普及を目標としている。タイの陸運局によれば、昨年12月時点でハイブリッド(HV)およびプラグインハイブリッド(PHV)の自動車は12万台を超えるのに対して、バッテリーを動力源とするBEVの登録台数は1454台。その中の乗用車に至っては201台と、まだ一部にとどまる。鶴巻CEOは「もっと普及させようとするなら(購入に際して)補助金が必要です。バッテリーが高価なので、その分だけでも出してもらえると嬉しい。自動車の価格を下げるには台数が必要です。台数と価格は鶏と卵のような関係で、価格を下げるきっかけがほしい。台数が出なければ価格は高いままで普及が進まない」と話す。

タイ政府は3月、BOIの事業認可を受けて国内で生産されたEVの物品税の現状2%を、来年1月から3年間免除すると閣議決定した。「買い控えされると困る。先行して値下げしなければいけないかもしれない」と話す。周辺国かもら引き合いはあり、量産効果で価格を下げるためにも、タイのみに留まらず輸出も目指す。「同じ右ハンドルならマレーシアやインドネシアに輸出していきたい。ラオス、ベトナム、フィリピンは左ハンドルなので、左ハンドル車を開発しなければいけない。ただ、対応できるように元々、メーターを中央に置いたり、ステアリングシャフトが真ん中に入るようにしている」と準備は万端。2人乗りのハッチバック車の開発も目指す。

鶴巻CEOは東京都立航空工業高等専門学校(現・東京都立産業技術高等専門学校)卒業後、「二輪の設計がしたくて」との理由で1982年に鈴木自動車工業(現・スズキ)に入社。二輪の設計に長年携わった。1997年にアラコに移り、超小型EV「コムス」の開発などに従事。その後、トヨタ自動車に常駐して「i-unit」や「i-Real」等を開発、その後トヨタ車体に戻り新型コムス開発に携わり、EVベンチャーのシムドライブを経て、2013年にFOMMを自ら設立した。これまで20年以上、小型EVの開発を手掛けてきた。地球環境問題を憂い、「私にできることはEVの開発しかない。少しでも貢献したい」と話す。

FOMM ONEはヨーロッパのL7eという規格に準じて開発されており、鶴巻CEOは「L7eのカテゴリーで世界一の会社になりたい」と語る。それも環境問題により貢献するため。マイクロファブと呼ぶ組立工場を世界各地に展開する構想も持つ。「私たちの車は自動車産業がなくても組立ができる。貧しい地域の人が工場に来て働き、収入を得て、子供たちが普通に学校で学べる世界にしたいというのが究極の目標です。地産地消のマイクロファブを世界中に展開できたら、その結果として世界一になる」。小さな車が世界を変える大きな一歩を踏み出した。

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