米中貿易戦争の勝者になれるか
台湾企業の強さと戦略

米中貿易戦争に伴う中国の設備投資意欲の減退が「戦争」を仕掛けているトランプの米国をも含む世界経済に多大な影響を与えている。好調を続けてきた中国の設備投資向けの日本からの機械輸出に急ブレーキがかかり、さらにはインドでの自動車産業の低迷が深刻な状況であることも日本の機械メーカーの不振に追い打ちをかけている。  中国の自動車産業と関連部品産業が収益面で急速に落ち込んでいるのは米国が課している25%もの高関税に耐えられない中国企業と在中国の外資がほとんどだからであり、その回避のために生産拠点を中国から東南アジアなどに移転するケースが増え、長く中国で生産活動を展開してきた台湾企業には中国工場を閉じたり縮小して台湾に戻るところさえ急増している。  筆者はこのほど台湾各地で機械関係を中心に取材してきたが、中国で営業活動を展開している日本の機械メーカーの日本人駐在員が台湾に営業に来ている場面にも遭遇した。米中貿易戦争から中国での商売あがったりの現状から中国駐在の日本人営業マンが拡大する台湾市場に焦点をあてているのだ。  しかし台湾でも大方の工作機械・関連メーカーの景気は米中貿易摩擦の影響から、低迷している。だが、台湾南部の高雄市にある栄田(HONOR)精機(台湾高雄市湖内区中山路二段6號)では2019年の売上高は航空機部品専用の特注機などの注文が増えて前年比大幅増になったと喜んでいた。HONOR精機の年商は約15憶台湾ドル(約55億円)で、同社が製造しているメインの機械は大型NC旋盤で、3メートルのテーブルの機械で1台100万米ドルほどで、米国向けには1件250万米ドルの受注もこなした。HONOR精機のリードタイムは機械のサイズによって異なるが10か月程度のケースが多いという。

販売好調の栄田(HONOR)精機

HONOR精機の高雄市の本社工場は高速鉄道の台南駅からタクシーで20分ほど。5工場を稼働させており、現在では200人の従業員を抱えているが、その内で30人ほどが開発設計担当のエンジニア。  HONOR精機では、ハイスピード、大型ヘビーデューティ機の生産をとりわけ得意にしている。HONOR精機の顧客は中国、米国、インド、フランス、イタリア、ロシア、オーストラリア、中近東諸国など世界各地に広がっている。  近年ではインドでの大型バルブ生産用にハイコラム仕様の3メートルの立型旋盤、中国向けにはやはり3メートルのワークが加工できるベッド(案内面の台)付の立型旋盤などを出荷してきた。「日本への直接輸出はそれほどないが、インド、インドネシア、タイなどに進出している日系向けは多い。例えばオーストラリアのコマツ、タイのヨシタケなど」と日本語も堪能なルイス謝業務部組長が説明した。他の日系顧客もツバキ・ナカシマ、三菱マテリアル、多田機工、サンアロイ工業、KITZ、NSKなどの大手企業が中心。  近年ではHONOR精機の台湾代理店の営業努力でインドとロシアの原子力発電所向けなども好調。世界最大のテーパーローラーベアリングメーカーである米国ティムケン社へも納入したがその機械も「米国の工場向けではなくティムケン社のインド工場向けの4台」と謝さんは説明した。  HONOR精機の陳松田董事長の娘にあたり総経理特助のオリビア陳さんは「日本企業向けは主にはターンキーベースの専用機。台湾、中国、フランス向けには航空機向けが好調。そこで今後は日本の航空機向けも増やしたいが、当社の機械は重量がありサイズでもコンテナには入りきらないので輸送面での問題はある」という。オリビア陳さんは経理も見ている。中国ビジネスで日本企業の多くが集金で困っている話に及んだ時、陳さんは「当社の中国企業への出荷は商談がまとまった時に10%などの頭金をいただき、残額の全てを支払ってもらってから出荷しています」と説明した。  HONOR精機は1987年に従業員8人の規模でCNC立型旋盤の専門メーカーとして出発、現在でも立型旋盤がメインだが、CNCターニングセンタ(立旋盤の機能に工具の自動交換装置付)、CNCタレット式の立旋盤、重切削向けのラム式立旋盤、航空機向け機械部品の生産ライン、2輪など車の生産ライン、風力発電向けのベアリング製造用やモーター、プーリー、バルブ向けCNC立型旋盤などで年500件ほどの生産を続けている。  2019年末現在、工場ではテーブルサイズ6メートルの立型旋盤(ターニングセンタ)の最終組み立て中だった。「台湾では製造できなかった大型のギアの加工用で自社用として製造している」と工場で説明された。  HONOR精機は特殊治工具、ロボットも組み込んで大ロット向けの高品質タレット旋盤なども顧客の要望を取り入れて製造してきた。使用するロボットはファナック、ABB、安川電機などで、顧客の要望を入れて組み込む。  HONOR精機では2004年に台湾最大の工作機械メーカーである東台精機と資本業務提携を締結し東台精機グループとなった。現状は「生産している95%ほどはHONOR精機のブランドで生産しているが、5%ほどが東台精機向けOEM生産。東台精機ブランドでの納入もある」と謝さん。  この両者の提携は今日まで円満に続いており、HONOR精機の陳松田董事長(現在73歳)ら経営陣も提携前と同じ。工場長とエンジニア1人の計2人が東台精機からHONOR精機に出向している。東台精機で働いたこともある日本人エンジニアと組んで高剛性のクランプを開発したこともある。

台湾最大の工作機械メーカー 東台精機の本社工場も訪問

HONOR精機の近くにある東台精機(高雄市路竹区路科3路3号)は1969年の創業。日本人技術者である吉井良三氏が創設したがその後、純台湾企業となり2003年から台湾市場で上場されている。台湾の本社工場で生産されている機械はMC(マシニングセンター)が半分でNC旋盤は25%、PCB加工用の穴あけルーターが25%ほど。本社がある高雄市の路竹サイエンスパークに13年前の2006年に2万平方メートルの工場を立ち上げ、現時点では本社第1、第2工場合わせて10万平方メートル以上の土地に建築面積6万平方メートル、総床面積9万平方メートルの美しい工場を建てている。海外を除く本社だけで850人の従業員を抱え、CAD(コンピュータ支援設計)担当のエンジニアも200人ほどいて新製品開発に取り組んでいる。近年では台湾初の積層製造装置を開発、販売を開始した。  工場では立型と横型のMCを年2000から3000台生産している。1986年にはアイシン精機と、さらに同年から日立精機(現在DMG森精機)とも技術提携し1995年から資本提携もした。その後日本の桐生機械とも技術提携、さらに独自技術を保有する地元高雄市の大型縦旋盤メーカーの栄田精機とも戦略的提携を結び、東台精機が52%の資本を保有、グループの製品範囲を広げた。2015年にはフランスのPCI-SCEMM社、オーストリアのANGER Machining社を東台精機が100%出資する会社として相次ぎ買収した。  自動車関連部品向けをメインとする加工機の製造販売で東台精機はグローバルネットワークを構築してきたが、2005年以来、航空機部品向けなどの大型5軸加工機を手掛ける台中の亜太菁英(APEC)にも全額出資して東台精機の連結会社とし嚴瑞雄董事長が董事長を兼務している。かつて航空機の部品を製造していた上場会社の漢翔航空工業(AIDC=Aerospace Industrial Development Corporation)とも戦略的覚え書きを締結したなど航空・宇宙産業向けにも力を入れている。  東台精機の嚴瑞雄(イェン・ロイション)董事長は、「2018年は前年比35%も伸びたが、2019年に入って世界的に自動車、半導体、航空機などの設備投資が保守的になり減少したことから当社も大幅な減収になる。米中貿易摩擦の影響から中国と台湾市場も低迷している。中国の調整局面は短期には終わらず当面の低迷が続くと思う。しかし工作機械は経済成長の源でありゼロに向かうことはあり得ず、いつか必ず回復する」と語った。  台湾のハイテク工作機械製造を代表する東台精機が力を入れている点について嚴董事長は、「10数年前からCNC工作機械のインテリジェント機能開発に力を入れてきた。多くの量産機メーカーでは従来の大量生産ラインでは通用しない「変種変量生産」「独自性」への対応が求められている。当社でも「インダストリー4.0」時代のフレキシブル生産の課題を解決して生産のコストパーフォーマンスを高めることを目的とする「スマート(智能)マニュファクチャリング」の開発、導入を進めている。「より良い部品を生産でき、不良品発生を防ぐために人とロボットとの協調、早期警告保全システムなどを構築して顧客が安心できる生産環境を提供するスマートマニュファクチャリングが最重要課題」(同)と語った。

タイや日本にも拠点を構える

トンタイマシナリータイランド(陳彦銘社長)としてタイにも進出しているが、「タイでのハイエンドの加工機には日本、欧州、台湾、韓国、中国からの進出が続いており、多軸複合化、少量多品種に対応する高精度加工、自動化、プラントの生産能力を最大限にする設備、そのコンパクト化などにも迫られている。東台精機ではかなり前からそれらに取り組んできており自動化についても東台精機は常に高品質でカスタマイズされた生産ラインを提供できる点がタイでも評価されている。今後もタイの産業の変化を先取りし、業界のサプライチェーン構築で重要な役割を果たしていきたい」と嚴董事長。  また東台精機の日本市場について嚴董事長は、「当社は台湾から日本にサービス拠点を構えている唯一のメーカーだ。日本に10人以上のベテラン日本人従業員を抱え、日本での営業を強化している。日本では5軸加工機やカスタマイズ設備、自動化、応用加工技術とアフターサービスの強化で日本企業や海外から日本に進出している競合他社との差別化を図りたい」と説明した。

2020年01月01日掲載

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