東北部ロイエット
ワニ革業界で活躍する日本人

日本のスタートアップ(起業)比率が他国より低いことも近年の日本が沈滞化を吹き飛ばすことができない背景のひとつだろう。しかしこのほど東北部のロイエットで勇気づけられる日本人起業家に遭遇した。しかもまだ若い女性。ロイエットでワニの養殖、屠殺、鞣(なめ)し、着色からカバンなど日本市場向け皮革製品の最終製品までを一貫生産をしている頓宮久美子(とんぐう・くみこ)さんで、狂暴なワニのイメージとは正反対の謙虚で控えめ女性で「ワニさんにも日々感謝しています」という。  バンコクから500キロほどの県庁所在地ロイエット市からさらに車で2時間ほどかかるポンサイ村に頓宮さんはいた。ポンサイ村には最近、初のセブンイレブンが1店だけオープンして「すごく便利になった」と村民は喜んでいるが貧しい同村にとってのセブンイレブンは「超高級店」。  ロイエットはワニ革用のワニを養殖する県として知られているが、頓宮さんはロイエットで唯一の外国企業として同地の工業団体に加盟、地元貢献のためにも奔走している。ロイエット県でワニ革なめしをしているのも、ワニ革の最終製品まで製造しているのもタイ人を含めて今のところ頓宮さんしかいない。ロイエットで養殖されているワニは生きたままバンコクに輸送、屠殺し塩蔵で輸出している。大量に買い付けに来るタイ人の業者が力任せに値切るため、ワニ養殖業者の利益はきわめて小さい。  ロイエットではワニ養殖連盟の2人の会長らを含む幹部に長時間のインタビューと丸一日かけて3か所のワニ養殖場の見学もした。会長によれば「買い付け会社の一方的な支配から抜け出してちゃんとした利益を出したい」とワニ皮の個別ユーザーへの直販も模索し始めた。「頓宮さんの指導でなめし工場を作り、日本品質でワニ革を製品化できれば付加価値がつく」と会長らロイエットのワニ業界が頓宮さんに寄せる期待はきわめて大きい。

合言葉は「Made with Japan」

ロイエット県には60件のメンバー会社が加入する唯一の養殖連盟があり、頓宮さんが経営する工場も会員登録している。ワニ養殖連盟名はタイ語で「グルム・パッタナー・リヤン・ジョラケー101」で直訳は、「グループ・開発・養殖・ワニ101」。タイ語で「101」を地名の「ロイエット」と発音することから「101」にしている。ウッド(Aud),ディレイ(Direk)の2会長と幹部のピサヌット(Pisanu)夫婦から、日本人記者による初取材として極めて暖かい心をこめた歓迎を受けた。そしてそれぞれのワニ養殖園3か所のすべてにも案内してくれた。ワニ養殖連盟に加入していないお金儲けのために安易に始めた小さなワニ養殖業者が100件ほどあり、それらを合わせればロイエットには1万頭のワニが養殖されているとある養殖業者が言った。  頓宮さんのパートナーはロイエット出身で愛称はニン(Ning)という30代のタイ女性。父親はニンさんが大学生時代にバンコクの大手のワニ革工場で働いていた。ニンさんは大学卒業後にバンコクで革小物の製造工場を起業、いつかは地元ロイエットに工場を建設したいと考え、ビジネスで得た利益をロイエットの母親に送金して自前の工場の建物作りを少しずつ始めていた。そしてロイエットで生産を開始したが、縫製で3割もの欠陥品が続いたことから資金繰りが悪化、借金が増えた。ニンさんがロイエットの高利貸しから厳しく借金を取り立てられる現場にたまたま居合わせた頓宮さんが資金援助を決断、実行したことでニンさんは経営ピンチから抜け出ることができた。  借金取りから責められるニンさんの窮状を目の当たりにした頓宮さんは、「小売業は顧客の為にコストを下げることが最重要と考えてきましたが、作っている人たちへのしわ寄せでコストを下げてきた自分たちにも責任があるのではないか?」などと自問した。そしてニンさんの借金を埋め合わせたお金はニンさんと組んでのワニ革製品の一貫生産を始める工場への出資金の一部に組み入れ「Made with Japan」を合言葉に2015年から現工場での生産を開始した。

ワシントン条約を順守

天然のワニを捕獲したり、その移動は禁止されているが、頓宮さんが生産しているワニは100%が養殖ワニ。ワシントン条約(CITES)を順守、毎回の日本への輸出はタイ農業協同組合省、日本の経済産業省の輸入許可を取得している。  ワニ(クロコダイルまたはアリゲーター)はタイで採れるシャムワニの他、ナイルクロコダイル、フランスブランド「エルメス」の高級カバンにも使われるニューギニアクロコダイル、鱗(うろこ)が小さいイリエクロコダイルという4種をメインに、シャムワニとイリエワニを交配させて産ませる中サイズのワニで腹中央部の四角い模様が繋がる部分(腑鱗の竹腑=たけふ)や鱗の大きさが中サイズのワニにも人気がある。  ワニが生む白い卵は鶏やアヒルの卵より少し大きい程度。養殖池の周りの草むらにワニが卵を産む瞬間を監視カメラで常時監視し、産卵を見つけたとたんにすぐに卵を取りに行く。そして卵を発泡スチロールの孵卵器に並べて蓋を閉めるが、32℃と言った温度管理によりすべての卵のオスとメスへの性変更が可能という。孵卵器と言っても発泡スチロールの箱で、そこに安置した卵は約70日後に孵化する。卵を箱に入れる時のノウハウがあり、地面に産まれたひとつひとつの卵の殻の上部に「産まれた方向の印をつけることが不可欠。卵が産まれた方向のままで箱に入れなければ孵化しない」といった難しさをディレイ会長は得意げに披露した。  ワニは1匹のオスに10匹のメスという「ハーレム」で育ち、メスの方がオスよりも大きい。ワニの飼育は1つの槽での多頭飼いの他、「コンドミニアム(高級アパート)」と呼ぶワニ1匹ごとを個室で育てる方法がある。ワニが育って大きくなると個室に入れるのはワニ同士の争いなどで傷を皮につかせないため。ポンサイ村の頓宮さんの宿舎内の3槽でワニを養殖しているが、足りないワニは他の養殖場から主に大型ワニを購入する。

頓宮さんがワニで起業するまで

頓宮久美子さん(45歳)は名古屋に近い弥冨市で生まれ。短大を出てからの1年間はニュージーランドに語学留学、帰国後は名古屋市中心部の栄で働いていた。ある日、頓宮さんは国際結婚して一緒にビジネスを立ち上げることになる運命の人に出会う。頓宮さんの夫はチュニジア系イスラエル人のアビ・フィトシ(Avi Fitoussi)氏で現在55歳。両親はチュニジアに住んでいたがイスラエルが建国したので15歳のときにイスラエルに移り、アビ氏はイスラエルで生まれた。  頓宮さんは名古屋駅構内で銀細工の行商をしていたアビ氏と知り合って恋に落ちた。アビ氏は25歳でイスラエルを出国、バンコクのプラトゥーナムで仕入れた銀細工を日本各地で警察の職務質問を受けながらの行商、いわばイスラエルから来た「フーテンの寅さん」だった。「大学出のエリートサラリーマンと結婚して欲しい」と願っていた頓宮さんの母親は毎日泣いて結婚に強く反対、そして頓宮さんの父親はイスラエルのアビ氏の実家も訪問した末にしぶしぶ認めたという状態での結婚だった。その後、アビ氏、父母も仲良く幸せな家庭を築いている。結婚にあたって2人はイスラエルに行き、ユダヤ教の勉強が足りないと感じていたアビ氏も一緒にキブツと呼ばれるコミュニティでの労働と引き換えに、ユダヤ教が勉強できる生活共同体の夫婦用の施設に入ってユダヤ教を1年間学んだ。頓宮さんはユダヤ教徒になり、ユダヤ教の儀式に則った結婚式をイスラエルで挙げた。  そして日本に戻ってからは東京、神戸、小倉、四日市など全国のイオン各店でシルバーの宝飾品を中心としたワゴンセールスを開始した。イオンに1ワゴンにつき月20万円を支払って販売の権利を得た。その後、名古屋市中区の繁華街である大須(おおす)に夫婦の店「シルバーアビ」(www.avisilvers.com)を構えるまでになった。  頓宮さんは2014年から夫の代わりにタイに来始め、それまでメインだったシルバー製品の買い付けに加えてワニ革製品にも興味をもち深めた。従来の銀細工などの販売に加わるワニ革を学ぶため、頓宮さんは兵庫県姫路市にある皮革協会や兵庫県たつの市に頼み込んで牛革の靴、ベルトを製造する勉強をした他、インターネットなどで皮革に関する講習会の情報を見つけると日本全国に飛んで皮革の勉強を続けている。ワニ革の製品は完成品まで自ら作るが、靴だけは例外で、自社のワニ革を使用し、ベースをカットし、それを日本の靴職人に最終製品の靴まで仕上げてもらっている。日本人とタイ人の靴の履き心地には差があるためだ。  頓宮さんのワニ革工場のパソコンは名古屋の店を守っているアビ氏とはスカイプで常時接続されているため、筆者もこの画面上でアビ氏も取材した。名古屋に夫婦でいる休日、それぞれが保有している米国の大型バイク、ハーレーダビットソンで奈良見物などにドライブするのが趣味だという。
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写真・文 アジア・ビジネスライター 松田健

2019年12月1日掲載

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