東北部スリンに世界最大の亀が誕生 タイ観光業の底力

タイの重要産業の1つが観光だが、それを盛り立てるためにタイ人がやることはでかいと感心させられるケースをこのほどタイ東北部のスリンでいくつかみた。スリンは毎年11月頃に数百頭もの象が参加する「象祭り」が有名。チェンマイを中心に繰り広げられる「ロイクラトン」、ウボンの「ろうそく祭り」と合わせてタイの3大祭りの1つとされている。スリンには多くのクメール遺跡があるなど観光資源は豊富。今回、県庁所在地スリン市中心部から北へ70キロほどの「象村」に初めて出かけたが巨大な観光施設のあちこちで大規模なリノベーション工事を進めていた。近くにある「ワット・パー・アジアン」(森の象寺)住職で象の研究で著名なルアンポーハン博士にもお目にかかれた。このお寺には世界でもここだけと思われる象さんのずらりと並ぶ大きな墓石はすべてタイの兵隊の古式帽を被っている。  スリン市の中心部で65年余の歴史がある老舗の土産物店「クンチアンハーダーオ(Kunchiang5dao)」2代目社長であるナッタナゴン・プラシティメイ(Nattanagon Prasittimay)社長(65歳)は「10歳で父親を亡くした時からクンチアン(甘いソーセージ)を作ってきた。7年程前に店が小火(ぼや)に遭遇したことをきっかけとして支店が必要だと感じ始めた」。  ナッタナゴン社長が国道沿いで始めた支店はなんと建物の土地面積だけで3ライ(約5,000平方メートル)のフロアがある。土産物屋として世界最大に違いないが、亀の形をした建物としても最大だろう。屋根や外部はだいたい完成したが、内装工事はまだ始まった段階。  この世界最大の「タオサレン」(タオは亀、サレンは地元の言葉でスリン)の建設現場でナッタナゴン社長に面会して説明された第一声が、前を走る国道を指さしながら「この猛スピードで走る車を止めるには驚きの建築物が必要だった」。

誰もが仰天する巨大建造物

世界最大の「タオサレン」(タオは亀、サレンは地元の言葉でスリン)はスリン中心部から隣の県であるブリラムに向かったブリラムとの県境に近いスリン側にある。ラオス国境からウボンラチャタニー、シーサケットからスリンを横切ってブリラム、ナコーンラーチャシマー、バンコクに至る幹線の国道に沿った25ライ(1ライは1,600平方メートル)の土地を購入し、そこに亀の部分だけで建設面積が3ライ(約5,000平方メートル)の建物が建った。  ナッタナゴン社長がこの世界最大(亀の建造物として)と思われる巨大な建物を建てることにしたのは、「目の前を高速で走る車を止めさせて店に客を呼び込むためには、だれもが仰天するような巨大な建物を造らなければダメだ」と考えたため。建物外部はすでに完成、現在は内装工事の段階。まだ工事中で駐車場もできていないが、国道を通る車が道路わきに停車してこの亀の建物前で記念撮影する人が増えている。ナッタナゴン社長の目論見は建物の完成を待たずに半分は成功している。  ナッタナゴン社長の当初の支店建設構想ではスリンで有名な象の形にすることを考えたが、しばらくして長生きする亀の方がよさそうだと考え直した。そして3年ほど前に建設を開始した。スリンで有名な老舗の土産物店である「クンチアンハーダーオ」の経営を成功させてきたナッタナゴン社長に対する地元銀行の信用は厚い。初めて巨大支店作りの計画を銀行に話したナッタナゴン社長への銀行側は「いくらでも貸す」「是非貸したい」の2つ返事だった。  「だからついつい当初考えていたより巨大なプロジェクトになってしまった。土地代を除く建物の資材や建築費だけでも2019年までに5,000万バーツ以上使った。2020年からは返済も始まるので工事を急がなくてはならない。大駐車場を整備し仮オープンを急ぐ。まず当社土産物店だけからでもはじめたい。スリンにはシルクなどの有名店もあり、近くテナントの募集も始めたい。レストランにも入居してもらう」(同)方針。  「日本企業もここに進出してなにかやりませんか? もし、私のこのプロジェクトが失敗しても建物は残る。行き詰まったら建物全体をお金持ちの日本企業に買い取ってもらいたいもんだ」とナッタナゴン社長は笑い飛ばした。  スリンで最古最大のお土産屋「クンチアンハーダーオ」の「クンチアン」はタイではお粥(かゆ)のおかずとして一般的な食べ物。「ハーダーオ」は5つ星を意味し、そのおいしさに自信を持っている。同店の多数の商品は観光客だけでなく地元でも人気が高い。店では自社製品の食品類に留まらず、蜂蜜やスリンのシルク織物やカバン、工芸品なども販売している。

こだわり抜いた芸術作品

ちゃんとした設計図も無く工事を始めただけに、設計変更や、せっかくできた部分でもナッタナゴン社長が気に入らなければ作り直したりしながら工事を進めてきた。占いや風水師や僧侶の教え、アドバイスを取り入れながら「亀の足を6メートルもの巨大な足に設計変更したのも風水の教えに従ったもの。巨大な亀の形にした建物の入り口は遺跡タイプにすることを決めたが、巨大な足は入り口のパワーを抑えるためだ。眼は160センチメートルあり、カーボンファイバーで作ったが、最初にできた眼は満足できずに、現在のものに作り直した。この眼の再製作だけでも100万バーツ(1バーツ3.6円)もかかってしまった」とナッタナゴン社長は説明した。  亀の甲羅のてっぺんは太陽光を通す透明な樹脂を使っており、建物内でその真下にあたり、陽が当たる場所に大きな屋内池がすでに出来ており、今後、鯉などを泳がせるという。建物外部では、亀の口からの巨大な滝にする計画もある。今後、車椅子で入れる入り口も作り、「障碍者にも優しい場所にしたい」とナッタナゴン社長。  建物の裏ではクメール風のデザインの巨大な石細工が最終段階だが、完成すれば国道側に移して正面を飾る。ナッタナゴン社長自らが地元で石職人を探した末、スリンではなく隣のブリラム出身の職人を探し出して現場での製作を依頼した。カンボジアとタイの間で領土紛争が絶えない国境のクメール遺跡「カオプラビハン」(スリンの隣のシーサケット県、カンボジアではプレアビヒアと呼ぶ)と呼ばれるヒンドゥー教寺院の入り口付近をモチーフにしているが、「宗教とは関係ありません。あくまで芸術作品として製作しています」と同社長は説明した。  内装は膨大な地元の木を使って仕上げる。すでにスリンの県の木である「ガンクラオ」を大量に買い込んだが「まだまだ集め足りない」(同)という。入り口の扉近くには巨大なナーガ(蛇神)を作って、それをくぐって建物に入る。入った正面奥の目立つ場所には仏間を作った。

バンコクでも製品を販売

「クンチアンハーダーオ」はスナックメーカーでもあり、工場では23歳から35歳ほどの従業員60人ほどが働いており男女比率は半々。スリン市内の本店経営を任されているのは長男のタナグリス・プラシティメイ(Tanagriss Prasittimay)氏(32歳)。タナグリスさんはランシット大学で芸術、デザインを専攻、卒業後にMBA(経営学修士)も取得している。お祭りの時期などには「日本人や中国人などの観光客も買い物に来てくれる」(同)という。バンコクのスワンナプーム空港内の「KIN」という名の店や、バンコク中心部の外国人が多い高級ショッピングセンターである「サイアムパラゴン」でも「クンチアンハーダーオ」の各種製品は販売されている。  「輸出もやりたいが、当社商品は化学保存料などを使っていないため、賞味期限が5か月と短い。だから現状での輸出は難しいです。ココナッツを使う菓子などは3日しかもちません。もし防腐剤などを入れたりしたら味が変わって一気に顧客の信用を失うから(使用は)無理」(同)と判断している。「バンコクの中華街でも販売してみたが、あまりにも競合製品が多くて販売は止めました」(同)と言う。

地元食材と家族経営で成功

料理が得意なタナグリス氏の母親であるシリカーン(Sirikarn)さんが「クンチアンハーダーオ」が販売しているオリジナル商品の多くを開発してきた。「40種は母親が開発したもので、味付けも母親の舌頼りです」とタナグリス氏。社名の最初の「クンチアン」はタイでポピュラーな商品だが、「社名にこの名を使うのは歴史を誇る当社製品を代表できる自信作だから。焼き豚を海苔で巻いてあげた巻き寿司風のスナックも他に例がないのでよく売れます。豚の皮を素材にしたスナックのムーゲオやムーヨンも地元の常連客が多いです」(同)という。  通常は豚肉を材料として使う「クンチアン」だが、魚を材料にしたタイプも製造販売している。この材料の魚は地元の川で採れるものを使っている。材料のコメについてもスリンで採れる香り米であるジャスミンライスを使用しているなど、地元の原料だけで製造している。タイのOTOP(One Tambon One Product)に2012年から「クンチアンハーダーオ」製品を登録している。他にもココナッツを使ったキャラメルなど多くの製品の製造販売しており、「日本の抹茶をつかったスナックも開発したい」(同)と考えている。
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20年4月1日掲載

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